中日、かつての本拠地・ナゴヤ球場に帰る
竜党の「聖地」でOP戦が行われた意義

旧本拠地が残るのは3球場だけ

23年ぶりとなるナゴヤ球場でのオープン戦。3500枚のチケットは完売し、球場前は人でごった返していた
23年ぶりとなるナゴヤ球場でのオープン戦。3500枚のチケットは完売し、球場前は人でごった返していた【写真は共同】

 アメリカ野球には、マイナーリーグファンが集う著名な催し物がある。2Aクラスのチームが本拠を置くアメリカ南部の都市・バーミンガムには、1910年開場の「アメリカ最古の野球場」があるのだが、このリックウッド・フィールドという球場で、年に一度、地元チーム・バロンズが公式戦を実施するのだ。バロンズは現在、市内の別の球場を本拠にしているのだが、2代前の本拠地だったこの球場に敬意を表して記念試合を行う。


 さすがに巨大スタジアムを使用するメジャーリーグでは、新球場ができれば、旧本拠は間を置かず取り壊されることがほとんどのため、旧球場への「ホームカミング」が見られることはない。それもあってか、球場の名を冠したこの「リックウッド・クラシック」と呼ばれるイベント試合には、全米から多くのファンが足を運ぶ。 


 日本では、東京ドームが完成した1988年以降、8球団が本拠地球場を変えている(※西武は同じ球場をドーム化)。日本でも移転後、旧本拠地は取り壊されるのが常で、旧球場が残っているのは、現在もオリックスが準本拠地として年間10試合ほど使用するほっともっとフィールド神戸(神戸総合運動公園野球場)と、日本ハムが巨人と共用していた東京ドーム、そして中日の本拠だったナゴヤ球場だけである。

ナゴヤ球場の歴史

 このうち、ナゴヤ球場の歴史は戦後間もない1948年に遡る。当時本拠地を持たなかった中日のために突貫工事で建てられ、収容2万5000人の全木造のスタンドが12月に完成。東西対抗戦でこけら落としを行った。


 ところがこの木造スタンドがあだとなり、51年8月19日の試合中、たばこの不始末のため全焼、死者4人という大惨事を招いてしまう。その後、鉄筋コンクリート造で収容3万人のスタンドに一新され(55年には3万5000人収容に増加)、73年にそれまでの中日球場からナゴヤ球場に改称。現在の本拠地であるナゴヤドーム完成前年の96年まで、チームの歴史を見守ってきた。


 名古屋駅からもほど近い、住宅街の中という立地ではあるものの、中日の本拠がナゴヤドームに移された後も、2軍の本拠としてこの球場は引き続き使用されることになった。しかしスタンドは縮小され、外野フェンスはドームと同じサイズに拡張。そして、フィールドを照らし続けた照明塔は、順次取り壊され、現在はナイター設備なしの球場になる一方、隣には室内練習場と選手寮が建設されている。

23年ぶりとなる「聖地」での1軍戦

ファンによると、朝6時の時点で10数人は並んでいたそう。敷地内への入場がプレーボール6時間前の7時からだったことを鑑みても、「聖地」での試合を待ちきれないファンが一定数いたと言っていいだろう
ファンによると、朝6時の時点で10数人は並んでいたそう。敷地内への入場がプレーボール6時間前の7時からだったことを鑑みても、「聖地」での試合を待ちきれないファンが一定数いたと言っていいだろう【阿佐智】

 この長らく表舞台から姿を消していたナゴヤ球場で7日、1軍のオープン戦・横浜DeNA戦が行われた。オープン戦ではあるが、1軍戦が行われるのは23年ぶりとあって、3500枚のチケットは前売り段階で完売。全席自由席とあって、開場前には1000人が列を作っていた。3塁側カメラマン席上の「特等席」に陣取った女性ファンは早朝6時にやって来たが、その時点ですでに10数人が並んでいたという。


 今でもドームでの試合にはほとんど足を運ぶという、ネット裏スタンドにいた年配のファンは、2軍の試合は観戦したことがないらしく、まさに23年ぶりのナゴヤ球場だと言う。「懐かしいね。雰囲気は昔のままだ」とは言うものの、ずいぶんと小さくなったスタンドには、「どこかどうなったのか、今思い出しているところ」とかつての雄姿を思い出すのに苦労していた。それでも、「今後もぜひやってもらいたいね」と少々底冷えする天候にもかかわらず、「聖地」での試合の恒例行事化を希望していた。


 スタンド前には臨時のグッズ売り場のテントが出るなど、球場周辺は盛り上がりを見せていた。近くのコンビニも球場に向かうファンでごった返していたが、店員の話では、2軍の試合でも年に数回は満員になるため、特に珍しいことではないらしい。多くのファンにとってはメモリアルゲームではあるが、中日の選手は練習でもここを使うことが多く、とくにこの試合に対する思い入れはないのかもしれない。しかし、この日快投を演じた、DeNA先発のドラフト1位右腕・上茶谷大河が生まれた年がこの球場のラストイヤーであることを考えると、その歴史の重みを感じずにはいられない。

阿佐智

世界180カ国を巡ったライター。野球も世界15カ国で取材。その豊富な経験を生かして『ベースボールマガジン』、『週刊ベースボール』(以上ベースボールマガジン社)、『読む野球』(主婦の友社)などに寄稿している。

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