予想上回った“金6個”のアジア大会 強化委員幹部3人が語る東京への強化策

月刊陸上競技

2020年東京五輪に向けて、日本陸連の強化策全体像について強化委員の(左から)、山崎ディレクター、麻場委員長、河野ディレクターに語ってもらう 【写真:月刊陸上競技】

 日本の陸上界は今シーズンの一番のターゲットだったジャカルタ・アジア大会を金メダル6個で終え、いよいよ2020年東京五輪に向けた準備が加速していく。国際陸上競技連盟(IAAF)が進めるワールドランキング制度の本格施行を間近に控え、来年のドーハ世界選手権、そして東京五輪を目指す選手やコーチ陣には、新たな戦略が求められている。日本陸連強化委員会として、その舵取りをどうやろうとしているのか。また、強化の方向性は?

 テーマごとに強化委員会の担当者が出席し座談会形式で分かりやすく説明。第1回は強化委員会を統括する幹部3人に、アジア大会の総括と今後の強化の全体像を語ってもらった。

積極的な情報発信の意義

──先日、強化委員会の「新プロジェクト説明会」が開かれ、2020年に向けての強化策の1つとして「メディアへの発信力を高めたい」という麻場一徳強化委員長のお話がありました。まずはそこに至った経緯を教えてください。

麻場一徳強化委員会委員長(以下、麻場委員長) 東京五輪まで2年となったこの時期、五輪で陸上競技が成功を収めるには何が必要かと考えた時に、1つ目はこれまで通り技術や体力、メンタルなどを磨き、パフォーマンスを上げていくことです。ただ、それだけではダメだとわれわれは考えました。2月の平昌冬季五輪で見られたように、世間の人たちからどれだけ応援してもらえるか。さらに、科学的なバックグラウンドをどれだけ持てるか。その2つを達成した種目がやはり良い成果を挙げていたということで、われわれも世の中の陸上ファンや一般の方々に、強化委員会として何を考え、どんな取り組みをしているのかを発信していきたい、ということです。

河野匡強化委員会長距離・マラソンディレクター(以下、河野ディレクター) 何をやるにしても、メディアへの対応がうまくいっていないところは、五輪で結果を残せていない傾向にあります。それと、表に出したくないことを避けていくよりは、われわれが書いてもらいたいこと、常日頃考えていることを発信していく方が、メディアの人たちとよりコミュニケーションが取れるだろう、ということですね。メディア側の情報の入手ルートが迂回すると、間違った内容になるケースも過去に見受けられました。だったら「どんどんこっちから発信していこうよ」とわれわれの中で話し合いました。

麻場委員長 ひと昔前までだったら、メディアとの関わりとしては、選手を「守る」という観点から必ずしもオープンではなかったのかもしれませんが、時代が違うのでそれは通用しませんね。

──とはいえ、五輪の代表クラスになったら、メディアの取材は殺到します。選手を「守る」ことを優先すべき場面も出てくるでしょうね。

河野ディレクター “守り方”なんだと思います。こちらが何も出さないと、選手の状況にお構いなしにどんどん入り込んでくるメディアがあるかもしれません。

麻場委員長 ひいてはそれがスクープ合戦になってしまいます。

河野ディレクター でも、ある程度きちんとしたものを出しておけば、そこで1回フィルターがかかるのではないでしょうか。

山崎一彦強化委員会トラック&フィールドディレクター(以下、山崎ディレクター) かつては発信する側の自己都合で「これは出そう、これは出さない」と決めてしまうことがあったのでは……。強化に携わっている人や選手は自己都合で動いているわけではないんです。選手は成績を出すためにやっているし、私たちはそれを支援しようとしているだけ。それをもうちょっと明確に示す必要があるのではないか、ということです。どの時代も明確に示しているつもりだったんですけど、示し方が難しかったんでしょうね。今はもっと分かりやすく出していく必要があると思います。どこまで出せるのか分からないですけど、出すことが大事かなと思っています。

ジャカルタ・アジア大会を振り返って

今年のジャカルタ・アジア大会について、麻場委員長は「(金メダルは)われわれの予想を上回る“プラス2”という結果を大いに評価している」と語る 【写真:月刊陸上競技】

──では、具体的な話に入ります。ジャカルタ・アジア大会の結果を踏まえて、強化委員会での総括が終わっているかと思いますが、どのような反省や意見が出たのでしょうか。まず、現地で監督を務めた麻場強化委員長から、日本チーム全体の感想をお願いします。

麻場委員長 今回のアジア大会は直前になっても種目別のランキングすら出ない状況で、目標設定が難しかったのですが、代表選考時のアジア・ランキング1位の種目(1位が代表本人とは限らない)5つのうち4つを金メダルの目標に掲げました。男子マラソン、50km競歩、十種競技、4×100mリレーはランキング通りの結果です。それにプラスして男子200mと棒高跳で金メダルが取れて、計6個。これは、男子だけに限れば、中国、インドの5個をしのいで第1位です。われわれの予想を上回る“プラス2”という結果は、大いに評価していいと思ってます。
 その一方で、今回は銀メダルが2つと少なくて、銅が10個。4位、5位という種目を含めて、そのあたりをいかに「アジアの金メダルレベル」に近づけていけるのか。それがこの2年間の大きなテーマだと思います。

──女子の金メダルがゼロ、銀と銅を合わせても4つというのが気になりました。

麻場委員長 その点は現地でもメディアの方から指摘されました。女子の成績を思うように上げられなかったことは、大きな課題になってくると思います。今後のテーマで取り上げていただきます。あといくつか課題があって、その1つが暑熱対策です。これは河野ディレクターから話があると思いますが、ジャカルタの気候から、今度は東京の気候へどうスライドするか。全体的な傾向はだいぶつかめてきているので、それを個人にどうアレンジしていくのか。そういう取り組みが今後のテーマです。

──山崎さんにはトラック&フィールド種目を細かく分析してもらいます。

山崎ディレクター どれだけ自分の力を出し切れたかという「達成率」の観点から見ると、やはり男子短距離が良かったです。自己記録を100%とした場合、それにどれだけ近づけたかの割合ですね。4×100mリレーの金がフォーカスされてますけど、男子短距離は個人種目でもほぼ力を出し切れていて、トラック種目では良しとされる97〜98%に達しています。フィールドは96%ぐらいの達成率が目標となると、跳躍は良かったのですが、投てきは89%と低かった。女子短距離も95%ですから、かなり低いです。数字上ですけど、力を発揮できたのは男子短距離、男女混成、男子跳躍ですね。力を出せなかったのが男女投てき、女子短距離、ハードルということになります。
 アジア大会ではこれぐらいの数字になるのですが、東京(五輪)に向けてとなると、例えば過去のトラックの入賞者は、自己記録達成率の平均がおよそ99.7%です。日本人のレベルだと余裕を持ってその場に臨めていないので、自己新を出すか、もしくは自己ベストぎりぎりのところまで持って行かないと入賞ラインに達しない。それは周知しないといけません。「98%で良かったね」というところで終わらせてはいけない、ということを今回感じました。現実的にはその風潮が少しあるのです。
 その点、男子100mで自己タイの山縣亮太君(セイコー、10秒00で3位)や自己新記録(20秒23)で勝った200mの小池祐貴君(ANA)は評価できます。

──同じ環境、同じ気象条件で試合をして、達成率にそれだけ差が出るのはなぜでしょうか?

山崎ディレクター 今、男子短距離は土江寛裕五輪強化コーチを中心に、陸連コーチングスタッフやパーソナルコーチとの連携が密で、誰がどういう状況かというのが共有できていました。みんなで海外転戦も積極的にしていますし、状況把握がかなりできていたということが1つ言えると思います。マイルリレー(4×400mリレー)に、戦略的に200mの選手を使ったりなど、新しい試みも功を奏しました。
 前から現場の人たちに話しているのですが、ただ合宿をやって「がんばろう」とかけ声をかけても成果は出ません。パーソナルコーチと密に連絡を取れていないところもあったのは事実で、そこはきちんとやらないといけないなというのが反省点です。

──世界というより、アジアのレベルできちんと結果を残さなければいけない種目もありました。

山崎ディレクター それができたのが女子ハンマー投です。勝山眸美さん(オリコ)がきちんと銅メダルを取ってくれました。逆に、女子やり投などは世界を見ていかないといけないのに、アジアで成績を出せなかった。となると、厳しめな評価になりますよね。

麻場委員長 そういう種目も今度はワールドランキング制度になって、(出場への)可能性は高まっています。標準記録制ではとても手が届かなかったレベルでも、ポイントを加算していけば道が開けるかもしれません。そのあたりの戦略は、まだランキングの分析が途中ですし、全容も分かっていないところがあるので具体的な例示ができないのですが、陸連の強化としては道づけというか、アドバイスができるようにしていかないといけないなと思っています。

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著者プロフィール

「主役は選手だ」を掲げ、日本全国から海外まであらゆる情報を網羅した陸上競技専門誌。トップ選手や強豪チームのトレーニング紹介や、連続写真を活用した技術解説などハウツーも充実。(一社)日本実業団連合、(公財)日本学生陸上競技連合、(公財)日本高体連陸上競技専門部、(公財)日本中体連陸上競技部の機関誌。

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