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リーガの勢力図は今季も変わらない!?
序盤から際立つ2強と他クラブの戦力差

バルサ、レアルと他クラブにある明確な差

セルタ・デ・ビーゴは2−0でアトレティコ・マドリーに勝利するサプライズを見せたが……
セルタ・デ・ビーゴは2−0でアトレティコ・マドリーに勝利するサプライズを見せたが……【Getty Images】

 現地時間9月1日に行われたラ・リーガでは、セルタ・デ・ビーゴがアトレティコ・マドリーを2−0で破るサプライズがあった。だが、それは今のところ例外的な出来事だと言える。全38節のうちの3節を消化した時点で、早くも首位に並ぶバルセロナ、レアル・マドリーとその他のクラブの間には勝ち点、得失点差ともに明確な差が生じているからだ。


 エストニアのタリンで行われたUEFAスーパーカップでは、アトレティコ・マドリーが延長戦の末にレアル・マドリーとのダービーを4−2で制した。だが、それから短期間のうちに、ラ・リーガの勢力図は全て通常通りの形に戻ってしまった感がある。


 無傷の2強を追うのは勝ち点2差の1チームのみで、その他の17チームは勝ち点4かそれ以下。3節終了時点で早くもここまではっきりと差が開いてしまったことは、より魅力的なリーグを目指すラ・リーガ執行部にとって厳しい傾向だと言える。


 唯一、2強と勝ち点2差を保っているセルタは、今季よりアントニオ・モハメド監督が指揮を執っている。アラブ系のルーツを持つこのアルゼンチン人監督は、スペインでは無名ながら、選手として、監督として母国アルゼンチンとメキシコで長いキャリアを築いてきた。選手時代はCAウラカンで象徴的存在となり、ベンチメンバーながら、アルゼンチン代表の一員として1991年のコパ・アメリカ優勝に貢献している。


 くしくも先週末に対戦したアトレティコ・マドリーのディエゴ・シメオネ監督は代表の元チームメートであり、先述したコパ・アメリカを共に戦っている。その数カ月後にはU−23南米選手権に出場し、マウリシオ・ポチェッティーノ、エドゥアルド・ベリッソら、同じく現在は監督として活躍している選手たちとともに、翌年のバルセロナ五輪への出場権を取り逃す挫折を経験している。

リーガを代表する3クラブに共通する現象とは?

新天地デビューを飾ったクルトワ(右)。他の新加入選手は、ほとんど先発起用されていない
新天地デビューを飾ったクルトワ(右)。他の新加入選手は、ほとんど先発起用されていない【Getty Images】

 話を戻すと、序盤のラ・リーガにはもう1つの特筆すべき傾向がある。リーグを代表する3チーム、バルセロナ、レアル・マドリー、アトレティコ・マドリーのいずれにおいても、新加入選手がほとんど先発起用されていないことだ。現時点ではまだ徐々にプレー時間を得ている段階にあるとはいえ、どの選手も必要不可欠な存在になりそうな気配がないのである。


 レアル・マドリーはUEFAスーパーカップの敗戦時こそクリスティアーノ・ロナウドを失った影響を感じさせたが、当時はまだワールドカップ(W杯)ロシア大会の出場により合流が遅れたルカ・モドリッチ、カゼミーロらが調整不足の状態にあった。


 その後フレン・ロペテギ監督は、ロナウドの抜けた左サイドにマルコ・アセンシオを加える以外、昨季と全く変わらぬメンバー構成でここまでの試合を戦ってきた。その間、前線ではカリム・ベンゼマとガレス・ベイルがポルトガル人メガクラック(名手の中の名手意)のユベントス移籍によって良い意味で解放され、のびのびとプレーするようになっている。


 並行してモドリッチが徐々にプレー時間を伸ばしてきたことで、逆に出番を奪われつつあるのがイスコだ。トニ・クロースとカゼミーロを外せない以上、それ以外に手段はない。ジネディーヌ・ジダン前監督と同じく、ユース代表の監督時代からイスコを重用してきたロペテギも、そのことに気付きはじめている。


 これまでデビューした新戦力は3節レガネス戦で先発したティボー・クルトワだけだ。現場の需要を無視した彼の獲得については、フロレンティーノ・ペレス会長の気まぐれとしか言いようがない。レガネス戦のキックオフ前、UEFAの最優秀GKに選ばれたケイロル・ナバスがファンにトロフィーをお披露目したが、2人のポジション争いは厳しいものになるはずだ。

セルヒオ・レビンスキー/Sergio Levinsky
セルヒオ・レビンスキー/Sergio Levinsky

アルゼンチン出身。1982年より記者として活動を始め、89年にブエノス・アイレス大学社会科学学部を卒業。99年には、バルセロナ大学でスポーツ社会学の博士号を取得した。著作に“El Negocio Del Futbol(フットボールビジネス)”、“Maradona - Rebelde Con Causa(マラドーナ、理由ある反抗)”、“El Deporte de Informar(情報伝達としてのスポーツ)”がある。ワールドカップは86年のメキシコ大会を皮切りに、以後すべての大会を取材。現在は、フリーのジャーナリストとして『スポーツナビ』のほか、独誌『キッカー』、アルゼンチン紙『ジョルナーダ』、デンマークのサッカー専門誌『ティップスブラーデット』、スウェーデン紙『アフトンブラーデット』、マドリーDPA(ドイツ通信社)、日本の『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿

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