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U-21日本が会心の試合でアジア大会4強
タフに戦った選手たち、森保采配も的中

サウジは「うまくて強くて速い選手が多い」

日本がアジア大会準々決勝でサウジアラビアに2−1で勝利。ベスト4進出を果たした
日本がアジア大会準々決勝でサウジアラビアに2−1で勝利。ベスト4進出を果たした【写真は共同】

 アジア競技大会男子サッカー競技は、27日にその8強戦を迎えていた。日本の相手は中東の雄、サウジアラビア。日本と同じく東京五輪を目指すU−21のチームをこの大会に送り込んできており、大会を通じて初めてオーバーエイジ選手もいない「同年代」のチームとの対戦だった。


 この世代のサウジアラビアは非常に強力だ。2年前のAFC U−19選手権では決勝で日本と対戦。激闘の末に辛くもPK戦で勝った相手だ。当時は「本当に押し込まれるシーンがすごく多かったのが正直な印象で、ずっと相手にボールを握られ、何度もピンチを迎えていた」とDF板倉滉が振り返ったように、日本が何とか守り勝って初優勝をつかんだという内容だった。


 直接対峙(たいじ)し、「うまくて強くて速い選手が多い」(板倉)という肌感覚を持っている選手がいたことに加え、今大会で実際に見せていたパフォーマンスも高かった。ラウンド16では年長選手をそろえた中国を圧倒し、FWハルーン・カマラはハットトリックを達成。最終スコアは4−3だが、これは4−0と圧倒した後に、完全な油断から崩れてしまってのもの。選手からは「映像を見てビビるというか、『すごいな』と思ったし、だいぶリスペクトしている」(DF立田悠悟)といった声も出ていたほどだ。


 しかし、ふたを開けてみると、少々予想と異なる光景が広がっていた。岩崎悠人が「予想していたイメージと少し違った」と振り返ったように、サウジアラビアはかなり慎重に試合へ入ってきた。前からアグレッシブにボールを追ってくる姿勢は見られず、引いて守るわけではないが、中間的なブロックを築いて日本を待ち受ける構え。くせ者の10番アイマン・アル・クライフも守備ブロックに組み込むやり方で、カウンターの脅威は減少。弱気にすら見える戦い方である。

チャレンジャー精神が功を奏した前半

先制点を挙げた岩崎。日本は失点後も動揺を見せなかった
先制点を挙げた岩崎。日本は失点後も動揺を見せなかった【写真:森田直樹/アフロスポーツ】

「『強い』というイメージを持って試合に入ったことで、逆に『そうでもないな』という中で勢いが生まれた」とは岩崎の分析だが、サウジアラビアが日本をリスペクトし、守備的に試合へ入ってきたことで、日本側に心理面での余裕が生まれたのは間違いない。立ち上がりから能動的にボールを運んで動かす日本が試合の主導権を握った。


「これまでとはまるで違う」(FW前田大然)というピッチ状態も日本を助けており、しっかりとボールを動かしながら意図を持った攻撃を繰り出せるようになっていた。単に短くつなぐだけでなく、スピード自慢のストライカーである前田を走らせるパスも意識して繰り出し、相手の最終ラインを押し下げることにも成功していた。


 31分には、MF松本泰志が相手のレイトチャージを受けながらつないだボールをDF杉岡大暉が早めのクロス。これを前田が持ち前の体の強さを生かして競り合った末に岩崎へ落とすと、岩崎はミドルレンジから迷わずループシュート。これがGKの頭上を破り、先制点が生まれた。


 前半は26分にカウンターから危険なシーンを作られたのが唯一ヒヤリとした場面で、ほぼチャンスらしいチャンスを与えない流れだったが、こういうときに限って何かが起きてしまうのもサッカーではよくある話。39分、セットプレーのこぼれ球を拾われて受けた2次攻撃から、少々不運な形で立田がオウンゴール。まさかの同点となってしまった。


 こうした失点の直後にバタバタしてしまい、連続失点を喫してしまうのがこのチームの悪癖と言える部分だったが、この日はそうした気配が見られない。これもまた「相手が強い」と思ってチャレンジャー精神で試合に入ったことによるポジティブな効用だろう。「こんなはずじゃなかった……」という動揺ではなく、失点を想定内と受け止める強さを出せた。


「1−1に追い付かれたけれど、気持ち的にはまだまだいけるという気持ちでいられた」(板倉)


 ハーフタイムもまったく暗い雰囲気ではなかったようで、前向きなコミュニケーションを交わして、ピッチに戻って来ることとなった。「コミュニケーションの量が増えている」と指揮官が手応えを語るとおり、チームとしてのまとまり、強度が出ている結果でもある。

川端暁彦
川端暁彦

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣の『エル・ゴラッソ』を始め、『スポーツナビ』『サッカーキング』『サッカー批評』『サッカーマガジンZONE』『月刊ローソンチケット』など各種媒体にライターとして寄稿するほか、フリーの編集者としての活動も行っている。2014年3月に『Jの新人』(東邦出版)を刊行

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