31歳で王座陥落、岐路に立つ田口良一 僅差の判定負けも「結果は受け入れる」

船橋真二郎

最終ラウンドでダウンを奪ったが……

田口は最終ラウンドでダウンを奪うなど猛攻を仕掛ける。しかし、あと一歩届かなかった 【赤坂直人/スポーツナビ】

 終盤に入ると、さすがにブドラーの動きも落ちてくる。田口は9ラウンドに右アッパーから連打をまとめてブドラーの上体を丸まらせ、ようやく見せ場をつくった。10ラウンド以降は田口のヒットが上回り始め、身長で約8センチ小柄な相手に右を打ち下ろし、右アッパーで突き上げ、ボディーをたたいて、懸命の追い上げを見せた。

 だが、かつてWBA世界ミニマム級王者として5度の防衛(暫定王座を含む)を果たし、マイナー団体のIBO(国際ボクシング機構)を含め、通算16度の“世界タイトルマッチ”の場数を踏んできたキャリアのたまものだろうか。ブドラーはとにかく手数を出し、足を止めず、劣勢をジャッジに印象づけない狡猾(こうかつ)さを見せ続けた。

 そして迎えた最終ラウンド。攻めるしかない田口の左フックがカウンターできれいに入り、ブドラーがキャンバスに座り込む。レフェリーはスリップを宣したが「明らかにダウンだったし、効いているのも分かっていたので、立ち上がってから、果敢に攻めようと思っていた」と田口は猛攻。ダメージを引きずるブドラーは、なりふり構わず再三のクリンチに逃げ込んだ。田口は逆転を信じて攻め続けたが、あと一歩届かなかった。

 付け加えておきたいのは、スリップからダウンへの異例とも思える裁定の変更は、渡辺会長の猛抗議が実ったものでも、ビデオ判定によるものでもないこと。あくまでWBAのスーパーバイザー(立会人)を務めていた安河内剛・JBC(日本ボクシングコミッション)本部事務局長に「クリアなダウン」の心証があり、IBFのベンジャミン・ケイルティー氏(豪)・スーパーバイザーとも意思疎通した上でレフェリーに確認。自身のミスを認めたレフェリーが変更したものだった。

 計量とルールミーティングが行われた前日には、ブドラーと同じ南アフリカのジャッジが含まれていることに渡辺会長が抗議。中立国の米国、日本、南アフリカの体制に変更になっていたが、結果的に最終スコアは3者ともに同じ。試合後には「内容的にははっきり出た」と認めながらも「最終ラウンドは、ダウンを取ったあとも一方的な展開。10−7とつけるべきではないか」という渡辺会長はWBA、IBFに文書で確認を取るとしている。

再戦の可能性も「今は何も考えられない」

31歳での王座陥落。ブドラーと再戦する可能性もあるが「今は何も考えられない」と、田口は試合後に語った 【赤坂直人/スポーツナビ】

 何かと騒がしい場外だが、戦った両者はさっぱりしていた。

「ブドラー選手が本当にうまくて。自分のやりたいことをやらせてもらえなかった。やっぱり元チャンピオンですし、実力者だけあるなと思いました。ダウンを奪って、そこから詰めきれなかったのは自分の実力。結果は受け入れます」

 試合前から「この階級でベストの選手と戦えることを光栄に思うし、名誉に感じる」と田口に敬意を表してきたブドラーも前王者を惜しみなくたたえた。

「これまで戦ってきたなかでも、タグチは一番強かった。十分に研究してきたが、それ以上に強かったし、技術的にも高かった」

 契約上、ブドラーはもう1度、日本で戦うことになっているそうで、両者には再戦の可能性も残る。「またタグチとやるのは問題ない」とブドラーは歓迎するが、田口は「正直、今は何も考えられない。もし決まったら、そこで初めて考えたい」とするにとどめた。

 試合直後の会見には出席しなかった石原雄太トレーナーは、田口の試合後に行われた荒川仁人(ワタナベ)のWBOアジアパシフィック・ライト級タイトルマッチ、予備カードの4回戦のセコンドを終えてから取材に応じ、「試合前のウォーミングアップのときから動きが悪く、試合になっても足が動かなかった」と振り返った。

 田口は最近、「30代になって体重が落ちにくくなった」とこぼすことがあったが「これまででも一番、体重が落ちづらかった」と石原トレーナーは明かした。加えて統一チャンピオンとしての重圧からか、「何か重たいものが、のしかかっていたような感じはあったかもしれない」とも言った。試合後半は、インターバルのたびに前回のミラン・メリンド(フィリピン)との王座統一戦、5年前の井上尚弥(大橋)との日本タイトル初防衛戦の話を持ち出し、「あの時の気持ちを思い出せ」とハッパをかけ続けたが、「気持ちが上がってくるのが遅かった」。

 31歳にして王座を失い、キャリアの岐路に立たされたことは間違いない。今後について、石原トレーナーは「階級を上げることもひとつの方法。そこも含めて本人と話をして、考えていきたい」とし、田口が尊敬の念を抱いてきた内山さんは、こうエールを送った。

「自分が世界チャンピオンになったのが30歳。最後が37歳だったことを考えても、田口はまだ若い。負けたから終わったわけじゃないし、次がありますから。再起したら、俺はすぐにチャンピオンを獲ると思っていますし、頑張ってほしいですね」

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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