ヴェンゲルという「天啓」に打たれて22年 偉人が去るアーセナルの明日はどっちだ?

東本貢司

オールド・トラッフォードでの采配納め

長年の好敵手だったファーガソンから退任の記念品を受け取ったヴェンゲル 【Getty Images】

 4月29日──おそらく自身これで“采配納め”となるオールド・トラッフォードでのゲームに、アーセン・ヴェンゲルが送り出したガナーズ・ファーストイレヴンのリストを眺めて、思わずうなってしまった。

 通常ならば準レギュラー相当に違いない名前が、あちらこちらにざっと7つ8つ。むろんその中におよそ先が知れていると思しき年長組は見当たらない。後を託すどなたか(ヴェンゲルはその人選に口を出す予定も“つもり”もないらしい)へのポジティヴなメッセージか、はたまた、試合前に“特別な”記念品を携え“特別な”満面の笑みで迎えたサー・アレックス・ファーガソンへの大いなるオマージュだったのか。それとも、ひょっとしたら、この日ばかりは脇役を任じた節も見えたジョゼ・モウリーニョに対する「伸び盛りの若手をもっと前面に押し出すべし」との皮肉、もとい、アドバイスまで込められていたのかもしれない。

 なにせ、控えメンバーだって「そのまた後に続く新鋭」たちなのだ。「今、何よりも大事な来るヨーロッパリーグ」のための主軸温存などという“浮ついた”言い訳もここでは通用しそうにないほどに。なるほどヴェンゲルらしい、やってくれたな、と心地よく苦笑したファンも多かったはず。サー・アレックスがことのほか上機嫌だったのは、きっとそのせいに違いない。

1年365日、四六時中サッカー漬け

去る96年、ヴェンゲルはアーセナルの監督就任会見を行った 【写真:ロイター/アフロ】

 きのう今日、何とかともったいつけてやってきた新参の(たいていは外国人で“名のある”)監督殿ではないのだ。ましてや、サー・アレックス、ヴェンゲルのクラスになると、はたから見ていかに奇天烈な用兵、戦術であっても「きっと何か考えがあって」のことになる。少なくとも、プレーヤーは、いやファンでさえ、腹ン中に納めてしまえる。

 何せ、ましてやアーセン・ヴェンゲルである。過ぐる1996年、「そんな名前、どこかで聞いたっけ?」と、ほぼイングランド中が首をかしげて内心せせら笑い、「妙なことばかりうるさく押し付けてくるんでまいったぜ」とプレーヤーたちに呆れられ、それが半年もたたないうちに「おや、この人の言う通りにやっているといろいろうまくいくみたいじゃないの」など、あれよあれよと人々の目からウロコを落としてみせ、それ以上に確たる実績を20年以上にわたって積み上げてきた、実にあっぱれなめったにない「偉人」なのだ。

 そのため、一部には「イングリッシュ・フットボールを変えた男」とおだてはやす声もある。“イングリッシュ”の常で、そこにはそれなりのウイットと揶揄(やゆ)も含まれている。要するに、あの御仁のまねをするのは容易じゃない。なにしろ、1年365日、四六時中サッカーのことだけを考えて暮らすんだから。息抜きという考え方はないに等しい。ゲームの疲れを癒しつつ、しばし羽を伸ばして、なんてもうできない身分になって……。

 そう、気が付けばいつの間にかタイムスリップしている気分になる。アーセン・ヴェンゲルは過去と現在を常に意識させ、融合と脱皮、収束と拡散をほのめかす存在である。少なくとも筆者にとっては。

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著者プロフィール

1953年生まれ。イングランドの古都バース在パブリックスクールで青春時代を送る。ジョージ・ベスト、ボビー・チャールトン、ケヴィン・キーガンらの全盛期を目の当たりにしてイングランド・フットボールの虜に。Jリーグ発足時からフットボール・ジャーナリズムにかかわり、関連翻訳・執筆を通して一貫してフットボールの“ハート”にこだわる。近刊に『マンチェスター・ユナイテッド・クロニクル』(カンゼン)、 『マンU〜世界で最も愛され、最も嫌われるクラブ』(NHK出版)、『ヴェンゲル・コード』(カンゼン)。

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