ファンの意見も二分するベンゲルの功罪 プレミア優勝から遠ざかるアーセナル

山中忍

リーグタイトルから遠ざかっていることへのファンの不満

アーセナルは03−04シーズンを最後にリーグタイトルから遠ざかっている 【写真:ロイター/アフロ】

 アーセン・ベンゲルのアーセナルは見納めになる。そう思ったのは昨シーズン半ばのことだった。12月6日、アウェーでストークに3失点で敗れた後(2−3)、サポーター同士がベンゲルの進退をめぐって衝突。殴り合いに発展した。チームは前半戦にしてプレミアリーグ優勝戦線から後退。2003−04シーズンを最後にリーグタイトルから遠ざかっていることへのファンの不満は抑えられなくなりつつあった。

 当時のベンゲルはその半年ほど前に、17年までの3年間の契約延長に合意したばかり。「契約満了まで務め上げる」が本人のモットーでもある。だが、前年には「タイトルを獲得できなければ去る」とも言っていた。1996年から心血を注ぎ続けたアーセナルで、チームの指揮官である自身の擁護派と反対派という「12人目」の対立を目の当たりにした心の痛みに耐えかねて、新契約1年目の終了をもって辞任するのではないかと感じた。後任候補には、ファンの間でも「適任者」の声が多かったユルゲン・クロップという選択肢があった。

 結果的には、前年に続くFAカップ優勝と、ベンゲルが「タイトルと同等」と言うチャンピオンズリーグ(CL)出場権を例年通り手に入れて、今シーズンに至っている。しかし、アーセナルの状況は相変わらず。追う立場ながら終盤戦までリーグ優勝への望みをつないだものの、4月24日に行われたアウェーでの第35節サンダーランド戦(0−0)で1ポイントの獲得にとどまり、トップ4フィニッシュが今季唯一の成果となった。

攻撃志向の裏返しである守備の弱さ

ノリッジ戦では、ホームの観衆がベンゲルの退任を求めてメッセージを掲げた 【Getty Images】

 その2週間前の4月9日、前半35分で2−0としておきながら痛恨の引分けに終わったウェストハム戦(3−3)では、ファーポストへのクロス3本から3失点。ハットトリックを決めた相手CFのアンディ・キャロルは空中戦にめっぽう強いが、距離を詰めて競ろうともしないアーセナルDF陣は、はなから恐れをなしているかのようでさえあった。攻撃志向の裏返しである守備の弱さは、優勝争い脱落の要因であり続けている。

 指揮官を取り巻く状況は悪化さえしている。4月30日に行われたエミレーツ・スタジアムでの第36節ノリッジ戦(1−0)では、ホームの観衆が退任を求めて決起。前回リーグ優勝から既に12年という抗議を込めて、前半12分と後半残り12分に「交代」や「更迭」の時が来たと告げるメッセージを掲げ、ブーイングを口にしながら立ち上がった。

 しかし今回は、今シーズン限りで身を引くべきだとは思わない。契約は残り1年。来季の職務を全うし、自らの意思で長期政権に幕を下ろすべきだ。就任20年目の指揮官には、その権利がある。ベンゲルの功績は、03−04シーズンの無敗優勝を含む3度のプレミア優勝や、昨季の2連覇で通算6度となったFAカップ優勝といったタイトルの数では計り切れない。ノリッジ戦のスタンドには「アーセナルFCであって、アーセンFCではない」というメッセージも見られたが、実際には良い意味でも「アーセンFC」だと言える。

 近代的な専用トレーニング施設の開設、選手の食生活管理の導入、ショートパスをつなぐ攻撃的スタイルの確立といった点において、アーセナルはプレミアの先駆者として知られるが、すべてはベンゲルの就任がきっかけだ。今では「トップ4で満足している」と非難もされるが、CL出場権獲得は今季で19年連続。決勝トーナメント進出は13年連続。その内、05年からの数年間は06年開設のエミレーツ・スタジアム建設費返済が補強予算を圧迫していたが、その間は、毎年のように移籍市場で利益まで生み出している。筆頭株主のスタン・クロエンケとCEO(最高経営責任者)のイバン・ガジディスが「ベンゲルのファン」を公言している環境は「ぬるま湯状態」とも言われるが、これほどクラブ財政に理解のある一流監督にほれない経営者を探す方が難しい。

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著者プロフィール

1966年生まれ。青山学院大学卒。西ロンドン在住。94年に日本を離れ、フットボールが日常にある英国での永住を決意。駐在員から、通訳・翻訳家を経て、フリーランス・ライターに。「サッカーの母国」におけるピッチ内外での関心事を、ある時は自分の言葉でつづり、ある時は訳文として伝える。著書に『証―川口能活』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『フットボールのない週末なんて』、『ルイス・スアレス自伝 理由』(ソル・メディア)。「心のクラブ」はチェルシー。

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