ここまで把握できる投球データ ダルビッシュを科学する<第1回>

丹羽政善

原始的な実験からスピードガンの登場

ダルビッシュの例をもとに、回転数などの指標を分析する 【写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ】

 テクノロジーの進化とともに野球のデータもさまざまな角度から把握できるようになった。そこで今季10勝12敗、防御率3.86の成績を残したダルビッシュ有(ドジャース)のピッチングについて、その背景に隠れるデータと本人のコメントから3回連載で分析する。
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 いまから約170年前、オランダの気象学者クリストフ・ボイス・バロットは、オーストリアの物理学者クリスチャン・ドップラーが発表した“ドップラー効果”の関係式を証明するため、動いている列車に乗った楽団に一定の音楽を演奏させ、通過する前と後でその音にどんな変化があったのかを、駅のホームから絶対音感を持った音楽家に記録させたという。

 それから半世紀以上が経った1914年、当時、屈指の豪腕投手として知られ、通算417勝をマークしたウォルター・ジョンソン(セネターズ、1907〜27年)の球速を図るため、バイクを並走させてそれを弾き出した。40年には、やはり“弾丸”と評されるほどの速球を投げたボブ・フェラー(インディアンス、36〜56年)が、同じバイクテストで球速を測定した。

 前者はそれなりに真剣だったよう。後者はコンクリートの道路でネクタイを締めたまま投げており、余興という意味合いが強いが、いずれにしてもスピードガンがない時代、ドップラー効果の証明同様、かくも原始的な手法が用いられたのである。

 時が流れ、75年にスピードガンが登場した。その2年前に元メジャーリーガーで、ミシガン州立大の野球部コーチをしていたダニ・リトワイラー氏が、学内の警察がレーダーを使ってスピード違反の取り締まりをしているのを見て、球速の測定に利用できないかと考えた。

 警察からレーダー一式を買い取ったリトワイラー氏は、JUGSというピッチングマシーンを作っていた会社に持ち込み、スピードガンへの改良を依頼。75年の春、試作機を手にメジャーのキャンプ地を回って各チームに売り込むと、やがて日本の球団の目にも留まるところとなった。

 さて、そのスピードガンには、ドップラー効果が用いられている。

 スピードガンは動いているボールに対して電磁波を照射し、その跳ね返ってきた電磁波の周波数から球速を測定している。すでに触れたように、球速の測定ではバイク以外にもさまざまなテストが行われ、スピードガンの開発まで時間を要したが、原理そのものは古くから知られていたわけである。

 スピードガンはその後、選手の評価方法を一変させ、野球の楽しみ方を変えていったが、ドップラー効果の利用は多岐にわたり、2000年代に入るとゴルフの常識をも変えていった。

ドップラー効果がスポーツを変える

 03年、従来のゴルフ指導に疑問を持っていた元アマチュアゴルファーのクラウス・エルドルップ・ヨルゲンセン氏とその弟、さらにはミサイルの弾道追尾システムの設計に関わっていたフレデリック・タクセン氏の3人が、「トラックマン」というシステムを共同で開発。ドップラー効果を利用したレーダー技術により、回転数、スイングスピード、打ち出し角度などの測定を可能にした。

 これは、プロの活用はもちろん、アマチュアレベルでも利用が可能という点で汎用性が高く、筆者も一度、利用したことがある。その時、7番アイアンの飛距離が以前よりも20ヤード近く落ちていることが問題だったが、「トラックマン」で計測すると、打ち出し角度が基準値に比べて大きいことが判明した。そのためにボールが高く上がりすぎていたのである。その元をたどるとグリップに問題があり、ややストロンググリップにして、パンチショットの練習を繰り返すことで、軌道修正のきっかけをつかむことができた。

 いまやプロゴルファーたちは、「トラックマン」で計測したデータを、別の場所にいるコーチに送り、コーチはその数値に潜む問題点を指摘することでスイングの修正を指示することもできる時代。科学的なアプローチを用いた新しい形の指導が普及したことは、ヨルゲンセン兄弟らの狙い通りとなった。

「トラックマン」がメジャーリーグにも

データ分析によってアストロズに見出されたマキュー 【写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ】

 その「トラックマン」はやがて、野球にも応用されることになる。

 08年頃から一部のチームで活用が始まり、投手では球速はもちろん、回転数、リリースポイント、リリースアングル、打者では打球の初速、打ち出し角度などが分かるようになり、以来、そうして集めたデータをどう生かすか、各チームがしのぎを削っている状況だ。

 リードしているとされるのが、今季中盤までア・リーグで最高勝率を誇ったアストロズ。

 資金に余裕のない彼らはデータ分析に力を注ぎ、例えば、そういう中で見つけ出したとされるのが、全くの無名でメジャー未勝利だったコリン・マキューという投手だ。13年のオフに獲得すると、翌年からいきなり勝ち始め、3年間で43勝をマークした。

 彼の場合、カーブの回転数がリーグでも屈指で、アストロズはそのカーブを生かした配球を徹底させると、大化けしたとされる。他にも要素はあるのだろうが、アストロズの先見性が話題になるとき、彼の名前が具体例として挙がる。

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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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