回転数から見えるもの、見えないもの ダルビッシュを科学する<第2回>

丹羽政善

試合ごとに回転数や変化量が変わるが、ダルビッシュは何を意図して取り組んでいるのかを探った 【写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ】

 ダルビッシュ有(ドジャース)のピッチングを、データから紐解く3回連載の第2回。今回はボールの変化量とピッチングの奥深さについて見ていく。

    ※     ※     ※
 携帯電話が出始めた1990年代初め、友人のおばあちゃんが家の電話の子機を持って外出してしまったそうだ。見当たらなかったそれがおばあちゃんのバッグから出てきて笑い話になったというが、あとで感心した。まだ多くが公衆電話で十分とアナログな考えが多い中、いち早く最新機器を使ってみようと思ったのである。

 もっとも理解が中途半端だと、おばあちゃんのような勘違いをしかねない。情報過多の昨今、取捨選択や道案内が必要だ。

 野球データの世界も同様。回転数、リリースポイント、バーティカルムーブメント、ホリゾンタルムーブメント等々、いまや投手が投げる球について、さまざまなことが瞬時に分かる。ただ、それを整理して理解する力がなければ面白みが半減する。一つ一つの数字が何を意味するのか、どう関連があるのかを知って初めて、全体像が見えてくる。

ボールの変化量が大事

 今、そうしたことを研究し、伝えているのが、国学院大准教授の神事努氏だ。連載第1回で、投手が投げる球を読み解くには、回転数などでは不十分で、「ボールがどれくらい変化するのかが大事」と教えてくれたが、今回は、さまざまなデータが意味すること、データから分かることをやはりダルビッシュのデータを例に掘り下げていく。

 まず、話を進める前に、「ボールがどれくらい変化するか」という神事氏の言葉を補足する必要がある。それは単に変化球の話だけではない。2シームやカットボールはもちろん、4シームも動いているのだ。

 見るべきは、縦と横の変化量。これまでMLB公式ページの『GAME DAY』などで利用されていた「PITCH f/x」というシステムでは縦の変化量をバーティカルムーブメント、横の変化量をホリゾンタルムーブメントと呼んだ。そして「PITCH f/x」にとって代わった「Statcast」では、そのデータが検索できる『Baseball Savant』というウェブサイトで、横の変化量が「pfx_x」、縦の変化量が「pfx_y」と表示されている。

 原理そのものは、どちらも同じ。球速、リリースポイント、投げ出しの角度が同じで、重力のみが作用する場合、ホームベース上のどの地点に達するかが基準となる。それに対して実際のボールはさまざまな回転がかかっているため、その基準点に達するわけではない。その差を求めたものが変化量である。それを神事氏が監修をしている『BASEBALL GEEKS(www.baseballgeeks.jp/)』に掲載されているイラストを引用して紹介すると、こういうイメージだ。

横の矢印がホリゾンタルムーブメント。縦がバーティカルムーブメント 【出典『BASEBALL GEEKS』】

   そしてその変化量を神事氏が分かりやすく4つに分類しているので、今回はそれに沿って話を進めていきたい。

・ホップ成分:基準の地点よりも上にボールが到達した場合
・ドロップ成分:基準の地点よりも下にボールが到達した場合
・シュート成分:基準の地点よりも右方向(投球腕方向)に到達した場合
・スライド成分:基準の地点よりも左方向(投球腕とは逆方向)に到達した場合

 それを、下記の図を利用すると分かりやすい。

右投手の場合のボールの変化成分(『BASEBALL GEEKS』の画像をもとに作成) 【画像:相河俊介】

回転数は球質を知る一要因でしかない?

 では、ここから本題に入っていくが、7日に掲載した第1回でも触れたように、ドジャースのクレイトン・カーショーの回転数は決して高くない。過去2年の4シームの平均値は2307回転(2017年6月9日時点、8月31日時点では2312回転)だ。それなのに縦の変化量(ホップ成分)は高く、平均値は1.95フィート(約59センチ)とメジャーでも屈指である。平均回転数ではダルビッシュのほうが上回るのに、ホップ成分ではカーショーの方が上ということになる。

 その要因について神事氏は、「カーショーは、きれいなバックスピンを意識している」と指摘した。

 きれいなバックスピンがかかるとは、回転軸が進行方向に対して限りなく直角で、さらに地面と平行になければならない。この場合、横の変化量がゼロに近いということにもなる。カーショーの横の変化量を調べてみるとわずか0.01フィート(約0.3センチ)で、わずかながらシュート成分があるものの、この程度なら横の動きはほぼゼロと捉えていい。驚異的な“伸び”の裏側には、そうした要素があるが、回転数だけでは、ましてや、球速では決して見えてこないものだ。あとで改めてカーショーの4シームの特徴については触れるが、よって神事氏もこう話すのである。

「回転数だけでは分からないことも多い」

16年と17年で異なるダルビッシュの変化量

 ここからはダルビッシュの縦横の変化量を見ていく。それぞれの球種はどんな変化をしていて、そこにはどんな狙いがあるのか。

 下記に2シームと4シームの縦の変化量をまとめた。

ダルビッシュの4シームと2シームの縦の変化量の推移。単位はフィート 【画像:相河俊介】

 これを見ると、4シーム、2シームとも昨年と比べて縦の動きが小さくなっていることが分かる。特に昨年の4シームは2フィート(約61センチ)近いホップ成分があったが、今季は依然としてリーグの平均値は上回っているものの、中盤までは1.5フィート(約46センチ)を超えることも稀だった。2シームに関しても同様で、今季は1フィート(約30.5センチ)を下回ることのほうが多い。

 これは意図的か、もしくは、そうではないのだとしたら、なぜ、こういう現象が起きているのかだが、8月上旬にアメリカを訪れていた神事氏にその点を聞くと、こんな可能性を指摘した。

「ボールがジャイロ回転気味になっているのかもしれませんね。ジャイロ回転のように軸が傾いている場合、揚力が働かないので重力通りに落ちる」

 その原因については、こう推測している。

「スライダーと関連があるかもしれない。スライダーを横に曲げようとすれば、リリースの時に小指をキャッチャーに向ける必要がある。4シームや2シームを投げるときにも、無意識のうちに小指からリリースしているのかもしれない」

 結局、カーショーの4シームとは、回転軸が違うと考えられるが、その回転がどうなっているかは、「遠投をしてみれば分かる」そうである。

「きれいなバックスピンがかかっていれば、すーっと伸びていきますから」

 そういえば8月終わり、ダルビッシュがアリゾナで珍しく遠投をしていた。遠投は必ずしも、肩を強くするために行うのではない。フォームや回転数をチェックするためにもプロの選手は使っている。

2シームはゴロ狙いか

 2シームに関しては、意図的な要素もあるかもしれない。

 ダルビッシュは昨年、抜くように投げることで2シームの回転数を落とし、沈むような球を投げようとしていたが、今年の球はその延長線上にあるとも取れる。仮に回転数を落とすことで、ゴロを打たせることが狙いにあるのだとしたら、結果は出ている。

 今季(9月7日現在)、2シームに関して、フィールド内に飛んだ打球がゴロになった比率は60.24%で過去最多。12年は55%だったが、それ以外のシーズンは40%台。60%を超えたのはもちろん初めてだ。

 また、4シームに関してもゴロの比率が増え、35.66%でやはり過去最高となっている。これまでは12年の32.14%が最高だった。

 ともなってフライの比率が下がると仮定できるが、4シームのフライ比率は27.97%、2シームの場合は13.25%でいずれも過去最低。2シームに関しては昨年の22.81%から大きく下がっている。

 ただ、4シーム、2シームともに、8月下旬以降、その軌道に変化が見られる。その点については、9日掲載の第3回でダルビッシュの言葉とともに検証していきたい。

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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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