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山縣亮太、試練の中で手にした新たな走り
「9秒台時代」幕開けの鍵握る「第2の男」
山縣亮太が日本歴代2位タイとなる10秒00をマーク。より好条件だったら、確実に9秒台も出ていたことだろう
山縣亮太が日本歴代2位タイとなる10秒00をマーク。より好条件だったら、確実に9秒台も出ていたことだろう【写真は共同】

「10秒00の壁」に阻まれて、陸上男子100メートル界に19年間溜まり続けていたマグマが高温に熱せられ、一気に噴出し始めたということだろうか。


 桐生祥秀(東洋大4年)によって9秒98の日本記録が更新されてからわずか2週間後の9月24日、今度はライバルの山縣亮太(セイコーホールディングス)が伊東浩司の記録に並ぶ10秒00をたたき出した。日本歴代2位タイということになる。しかも風がほぼ無風の追い風0.2メートルだったことに価値がある。仮にもっと良い追い風が吹いていたら、9秒台突入、いや9秒9台中盤にさえ相当するタイムだった。

「9秒台時代」突入へ必要な「2回目と2人目」

右足首の故障をきっかけに日本選手権では6位という結果に沈んだが、試練を乗り越えての好記録となった
右足首の故障をきっかけに日本選手権では6位という結果に沈んだが、試練を乗り越えての好記録となった【写真は共同】

 2017年9月9日、日本人スプリンターに19年間の長きにわたって積み残されてきた難問「10秒00の壁」の突破は、桐生によって果たされた。この歴史的な事実は重い。だからこそ、今度は「壁」突破に続くステップ、「ポスト・ウォール」の課題をクリアすることが大事になってくる。


「ポスト・ウォール」の課題とは、桐生が2回目の9秒台を出すことと、桐生に続く2人目の9秒台スプリンターが誕生すること。すなわち、「2回目と2人目」を達成することだ。


 すでに9秒台を出してしまった桐生は、世界の決勝の舞台で勝負するという次の目標に向かっていく。そのために必要なことは、「風などの条件が良くなくても9秒台を出すこと、国際大会の勝負の懸かった大舞台で出せること」になる。単独走ではなく競走であるという100メートル走の本質に根差した、質の高い「2回目」が大事なのだ。もちろん、桐生本人は強く自覚しており、9秒98を出した直後に「世界に挑戦するスタートラインに立っただけ」と早くも次を見据えていた。


 一方の「2人目」の課題には、「第二の男」「第三の男」が出現して初めて時代が動いたことになり、日本の「9秒台時代」が幕開けしたことになるという意味がある。そして、いち早く「第二の男」の目前まできたのが山縣だった。昨季のリオ五輪準決勝での10秒05、帰国後の10秒03とも違う質の走りを手にした。

「喪失感」を口にするも精神面に変化

 今年3月の右足首の故障をきっかけに、日本選手権で敗れ(6位)、ロンドン世界選手権を逃した悔しさがあったからこそだった。山縣はもともと、どこででも寝られる図太いタイプなのだが、3月に10秒06を出していよいよ9秒台かと思われた矢先に右足首に痛みが出てしまった。今季はまさかの世界選手権落選という失意に見舞われ、「夜、寝付けないことが増えた」と言う。桐生に「最初の日本人9秒台」の称号を取られ、「喪失感があった」とも語った。「いろいろあった」今季は「走る意味」を見失いかねない試練が続いた。


 ところが、山縣の体をみている仲田健トレーナーは「昨年までと違って、今年はピリピリするところがなくなっていた」と精神面の変化に気づいていた。山縣も「9秒台について先を越された喪失感はありましたが、随分前から(その可能性を)覚悟はしていたので、気持ちの切り替えは早かったんじゃないかなと思います」と心の構えが変化していると語った。

高野祐太

1969年北海道生まれ。業界紙記者などを経てフリーライター。ノンジャンルのテーマに当たっている。スポーツでは陸上競技やテニスなど一般スポーツを中心に取材し、五輪は北京大会から。著書に、『カーリングガールズ―2010年バンクーバーへ、新生チーム青森の第一歩―』(エムジーコーポレーション)、『〈10秒00の壁〉を破れ!陸上男子100m 若きアスリートたちの挑戦(世の中への扉)』(講談社)。

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