絶景を楽しめるFC今治の本拠地が完成へ オープン直前の「夢スタ」内覧会リポート

宇都宮徹壱

夢スタの内覧会で実現したレジェンドの共演

夢スタの内覧会で顔を揃えた、FCの今治の岡田武史オーナー(右)とガイナーレ鳥取の岡野雅行GM 【宇都宮徹壱】

「僕が今、この場に立たせていただいているのも、あの試合でゴールを決めることができたからです」とガイナーレ鳥取のGMが語れば、「いやいや、あの試合に負けていたら俺だってここにはいないよ」とFC今治のオーナーが苦笑しながらうなずく。

「あの試合」というのは今から20年前、日本代表が初めてワールドカップ(W杯)出場を決めた「ジョホールバルの歓喜」のこと。当時、岡田武史オーナーは日本代表監督であり、岡野雅行GMはイランとの3位決定プレーオフに途中出場してゴールデンゴールを決めている。岡田オーナーは「まさかこんな形で岡野と会えるとは思わなかったな」と感慨深げであった。

 ジョホールバルのレジェンドたちがメディアの前に並び立ったのは、7月18日に今治市内で行われた、「ありがとうサービス.夢スタジアム(夢スタ)」のメディア向け内覧会。実は両者は前日、埼玉スタジアムで行われた鈴木啓太氏の引退試合に『BLUE FRIENDS(鈴木氏と同時代に日本代表だった仲間たちのチーム)』の監督と選手として出場していた。そして岡野GMがPKによるゴールを決めて一目散にベンチに駆け寄ると、出迎えた岡田オーナーとがっちり抱擁。まさに、ジョホールバルでの感動が再現されたのである。「啓太が主役なのに、ちょっと申し訳ないと思ったよ」と岡田オーナーは再び苦笑い。

 それからおよそ15時間後、岡田オーナーと岡野GMは朝一番の飛行機で羽田を飛びたち、今治でメディア対応。多忙を極める2人のツーショットが、ここ今治で実現すること自体、ある種の奇跡のように思えてならない。それにしてもなぜ今回、鳥取の岡野GMが夢スタの内覧会のゲストに招かれたのか。その理由は、2012年にオープンしたチュウブYAJINスタジアム(チュスタ)の建設規模に近く、またネームプレートによる寄付集めというアイデアを踏襲していたことが大きかったようだ。ちなみにネームプレートで集まった寄付金は、岡野GMいわく「1億4000万円」。それを聞いた岡田オーナーは「すごいなあ。ウチも頑張らないとなあ」と、密かな闘志を燃やしているように感じられた。

 さて、夢スタである。最後にこの場所を訪れたのは昨年の7月。あの時、建設予定地はスタジアムの輪郭はもとより土台さえも見当たらず、いささかの落胆を禁じ得なかったことをよく覚えている。それから1年。そこにはコンクリートのスタンドと美しいピッチ、そしてクラブカラーに統一されたクラブハウスが出来上がっていた。スタンドにはまだ座席椅子が設置されていなかったが、それを除けば完成後のスタジアムは容易に想像することができる。本稿では、内覧会で明らかになった夢スタの全容について、岡田オーナーの解説を交えながら案内していくことにしたい。

あえてバックスタンドを取っ払った理由

夢スタはあえてバックスタンドなし。観客に海を見せることと5000人収容の両立を実現 【宇都宮徹壱】

 今治駅から夢スタへは、車で15分くらい。近隣のイオンモール行きのバスが出ているが、1時間に1本しか出ていないので試合当日はシャトルバスを出してほしいところだ。駅前でタクシーを拾ったものの、「夢スタ」と言っても通じないので、とりあえずはイオンモールを目指してもらった。到着してまず気になったのが、どこにスタジアムがあるのか分からないこと。スタジアムには屋根も照明塔もないため(補助的な照明はある)、初めて訪れる観客は、どこを目指せばよいのか判断がつかない。もっとも試合当日までには、何らかのサインが設置されることだろう。

 去年訪れた記憶を頼りに、山道を登ってみる。やがてテニスコートの向こう側に急勾配の階段が姿を現した。どうやら階段を上りきったところにスタジアムがあるようだ。夢スタは山を切り開いた土地に建設されるため、観戦者は高台まで階段を登っていく必要がある。もっとも岡田オーナーには神社の階段のイメージがあったそうで、「この階段を登りきるのは少し大変だけど、階段の向こう側には何かワクワクするものが待っているんじゃないかという感じ」を演出したいようだ。その一方で、高齢者専用のシャトルバスをスタジアム付近まで通すし、車椅子用のスロープも設置するなどの配慮は怠らない。

 階段を登りきると、青々としたピッチが目前に現れる。採用されたのはティフトン芝で、まだ完全に根付いていないため「年内の使用はトップチーム限定となる」そうだ。スタンドはピッチに近く、しかもあえて柵は設けないという。「イングランドのスタジアムなんかはそうですよね。ピッチに対する敬意があるから、サポーターはピッチ内に入り込むことはない。まあ、ボールが客席に飛んでくることがあるかもしれないので、ヘルメットをかぶって応援したほうがいいかもしれない(笑)」と岡田オーナー。ちなみに両チームのベンチは、グラウンドを掘り下げたところに作られているが、これはメーンスタンドの客席に死角を作らないため。屋根も透明なプラスチック製となっている。

 夢スタを訪れた人は、ぜひともメーンスタンドからグラウンドを一望することをお勧めする。実はこのスタジアム、あえてバックスタンドを設けていない。その理由について岡田オーナーは「ここから海が見えるように、あえて(バック)スタンドを取っ払ってコの字型にしました」と語る。すでに述べた通り、夢スタは山を削った高台にあるため、メーンスタンドからは絶景を楽しむことができる。とはいえ、バックスタンドを作らずにJ3基準である5000人の収容人員を確保するのは、かなりの苦心があったと思われる(ベンチを掘り下げたのもそのためだ)。見た目はシンプルな作りだが、実はギリギリの葛藤の中で練り上げられたデザインなのである。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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