旋風を巻き起こしたいわきFCの問題提起 天皇杯漫遊記2017 いわき対清水

宇都宮徹壱

なぜ福島県での3回戦開催は見送られたのか?

いわきFC対清水エスパルスの試合は、清水のIAIスタジアムで開催されることとなった 【宇都宮徹壱】

 7月12日水曜日、天皇杯の3回戦16試合が各地で行われた。6月21日に行われた2回戦は海外取材のために見ていないが、あちこちで下克上が起こっている。AC長野パルセイロ(長野県)がFC東京(J1)に1−1からPK戦の末に勝利。この他にも、筑波大学(茨城県)がベガルタ仙台(J1)に3−2、アスルクラロ沼津(静岡県)が京都サンガF.C.(J2)に1−0、ヴァンラーレ八戸(青森県)がヴァンフォーレ甲府(J1)に1−0で勝利して、それぞれ見事に3回戦進出を果たしている。
 
 だが最も注目を集めたのは、いわきFC(福島県)が、北海道コンサドーレ札幌(J1)を5−2で撃破した試合だろう。驚くべきは、その試合展開。両者スコアレスの状態から、試合終了前の15分間にいわきが勝ち越して札幌が追いつく展開が2回あり、2−2のスコアで延長戦へ。そこからいわきは3ゴールをたたき込み、J1クラブを圧倒した。いわきは現在、福島県リーグ1部所属。トップリーグから数えて6つ下のカテゴリーである。まさに絵に描いたようなジャイアント・キリングであった。
 
 かくして3回戦に進出することとなったいわきは、同じくJ1の清水エスパルスと対戦した。今大会は規定により、「3回戦から準々決勝までの試合においては、対戦カードの下位カテゴリーチームが所属する都道府県の会場を優先して開催する」となっていた。ところがこの試合は福島県ではなく、清水のホームであるIAIスタジアム日本平で開催されることになったのである。なぜか。今大会の運営要綱には、J1クラブが出場する試合では「15,000人以上(原則)収容できること」とあり、条件に見合う競技施設が福島県になかったためだ。
 
 もっとも今回の決定は、J3の福島ユナイテッドFCがホームとしているとうスタ(とうほう・みんなのスタジアム)に、夜間照明がないことがよりネックになったと思われる。運営要綱には「ラウンド16以降の会場では、必ず照明装置が設置されていなければならない」とあり、3回戦については必ずしもナイトゲームである必要はない。とはいえ、7月の猛暑の中、しかも平日の水曜日に昼の試合を行うことはまずあり得ない。普及という面で考えるなら、できればいわきのホームで試合をしてほしかったが、準々決勝までは平日夜の開催が続くことを考えるなら、この決定は致し方ないところだろう。

ヒールに徹しきれない清水とノープレッシャーのいわき

2回戦で札幌を破り、意気軒こうのいわきサポーター。ミラクルは続くか? 【宇都宮徹壱】

 そんなこともあり3回戦は、IAIスタジアムを訪れることにした。現場に到着して、まず驚いたのがメディアの数。3回戦にしてはやたらと多く、特に東京から来ている記者を何人も見かけた。それはテレビも同様で、いわきの選手たちが控え室からピッチに姿を現すと、3台のテレビカメラが一斉に彼らを取り囲む。いわきは単に挑戦者ではなく、注目度においても間違いなく主役。迎える側の清水も、これはやりにくいだろう。
 
 そういえば清水サポーターの友人が、いわき戦について「非常にやりにくい試合ですね。1999年の元日を思い出します」と語っていた。「99年の元日」とは、今はなき横浜フリューゲルスとの第78回天皇杯の決勝戦のこと。あの試合では、清水サポ以外のほとんどが横浜Fの優勝を願っているような空気があった。同じような状況は、2008年のナビスコカップ(現ルヴァンカップ)決勝でも起こっており、この時も多くのサッカーファンは大分トリニータの初タイトルを期待した。そして清水は、いずれの試合もヒールに徹することなく、対戦相手を盛りたてる敗者となってしまった。
 
 そんな清水に比べると、いわきはまったくのノープレッシャー。しかも、地元での開催がNGとなったことが、むしろ反骨のエネルギーとなっている節が見られる。今回の件で興味深かったのが、主催者側の決定に対してクラブ側が唯々諾々(いいだくだく)と従ったのではなく、大倉智代表が「現行の運営要綱は残念ながら、天皇杯が定める『サッカー普及』という大義と矛盾する部分があるように思えます」と、しっかり問題提起をしていたことだ。この堂々とした態度、とても県1部のアマチュアクラブとは思えない。
 
 いわきが「日本のフィジカルスタンダードを変える」というチームスローガンを掲げていることは、先のコラムでも触れた。だが、このクラブの野望は、単にフィジカルだけにとどまらない。彼らには「いわきを東北一の街にする」という夢があり、さらには「日本のスポーツの枠組みそのものを変革していく」という壮大な目標がある。今回の異議申し立ても「日本サッカー界の常識にとらわれない」クラブの基本姿勢そのものと見て取ることができよう。そしてこの天皇杯は彼らにとり、まさにピッチ内外に関係なく、格好のアピールの場となっていたのである。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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