旋風を巻き起こしたいわきFCの問題提起 天皇杯漫遊記2017 いわき対清水
なぜ福島県での3回戦開催は見送られたのか?
いわきFC対清水エスパルスの試合は、清水のIAIスタジアムで開催されることとなった 【宇都宮徹壱】
だが最も注目を集めたのは、いわきFC(福島県)が、北海道コンサドーレ札幌(J1)を5−2で撃破した試合だろう。驚くべきは、その試合展開。両者スコアレスの状態から、試合終了前の15分間にいわきが勝ち越して札幌が追いつく展開が2回あり、2−2のスコアで延長戦へ。そこからいわきは3ゴールをたたき込み、J1クラブを圧倒した。いわきは現在、福島県リーグ1部所属。トップリーグから数えて6つ下のカテゴリーである。まさに絵に描いたようなジャイアント・キリングであった。
かくして3回戦に進出することとなったいわきは、同じくJ1の清水エスパルスと対戦した。今大会は規定により、「3回戦から準々決勝までの試合においては、対戦カードの下位カテゴリーチームが所属する都道府県の会場を優先して開催する」となっていた。ところがこの試合は福島県ではなく、清水のホームであるIAIスタジアム日本平で開催されることになったのである。なぜか。今大会の運営要綱には、J1クラブが出場する試合では「15,000人以上(原則)収容できること」とあり、条件に見合う競技施設が福島県になかったためだ。
もっとも今回の決定は、J3の福島ユナイテッドFCがホームとしているとうスタ(とうほう・みんなのスタジアム)に、夜間照明がないことがよりネックになったと思われる。運営要綱には「ラウンド16以降の会場では、必ず照明装置が設置されていなければならない」とあり、3回戦については必ずしもナイトゲームである必要はない。とはいえ、7月の猛暑の中、しかも平日の水曜日に昼の試合を行うことはまずあり得ない。普及という面で考えるなら、できればいわきのホームで試合をしてほしかったが、準々決勝までは平日夜の開催が続くことを考えるなら、この決定は致し方ないところだろう。
ヒールに徹しきれない清水とノープレッシャーのいわき
2回戦で札幌を破り、意気軒こうのいわきサポーター。ミラクルは続くか? 【宇都宮徹壱】
そういえば清水サポーターの友人が、いわき戦について「非常にやりにくい試合ですね。1999年の元日を思い出します」と語っていた。「99年の元日」とは、今はなき横浜フリューゲルスとの第78回天皇杯の決勝戦のこと。あの試合では、清水サポ以外のほとんどが横浜Fの優勝を願っているような空気があった。同じような状況は、2008年のナビスコカップ(現ルヴァンカップ)決勝でも起こっており、この時も多くのサッカーファンは大分トリニータの初タイトルを期待した。そして清水は、いずれの試合もヒールに徹することなく、対戦相手を盛りたてる敗者となってしまった。
そんな清水に比べると、いわきはまったくのノープレッシャー。しかも、地元での開催がNGとなったことが、むしろ反骨のエネルギーとなっている節が見られる。今回の件で興味深かったのが、主催者側の決定に対してクラブ側が唯々諾々(いいだくだく)と従ったのではなく、大倉智代表が「現行の運営要綱は残念ながら、天皇杯が定める『サッカー普及』という大義と矛盾する部分があるように思えます」と、しっかり問題提起をしていたことだ。この堂々とした態度、とても県1部のアマチュアクラブとは思えない。
いわきが「日本のフィジカルスタンダードを変える」というチームスローガンを掲げていることは、先のコラムでも触れた。だが、このクラブの野望は、単にフィジカルだけにとどまらない。彼らには「いわきを東北一の街にする」という夢があり、さらには「日本のスポーツの枠組みそのものを変革していく」という壮大な目標がある。今回の異議申し立ても「日本サッカー界の常識にとらわれない」クラブの基本姿勢そのものと見て取ることができよう。そしてこの天皇杯は彼らにとり、まさにピッチ内外に関係なく、格好のアピールの場となっていたのである。