旋風を巻き起こしたいわきFCの問題提起 天皇杯漫遊記2017 いわき対清水

宇都宮徹壱

試合を決めた長谷川の高さと六反のファインセーブ

試合開始早々、ロングスローから長谷川悠(18)がヘディングで決めて、清水が先制する 【宇都宮徹壱】

 キックオフは19時03分。試合が動いたのは、ホイッスルが鳴ってから1分と経たないタイミングであった。清水は左サイドから二見宏志がロングスローを入れると、ニアサイドで長谷川悠がヘディングで合わせ、ボールはそのままいわきゴールへと吸い込まれてゆく。この時、いわきのDF新田己裕が競っていたのだが、187センチの長谷川に対して新田は173センチ。フィジカルではJ1の選手に負けないいわきだが、高さという弱点はいかんともし難かった。その後も清水は、ロングボールから高さ勝負を仕掛けていくが、追加点を奪うには至らない。
 
 やがて10分を過ぎたあたりから、いわきが相手陣内にボールを運べるようになる。前半18分、平岡将豪が相手のプレッシャーに耐えながらドリブルで持ち込み、右にパスを流すと菊池将太がシュート。この前半最大のピンチに際し、清水GK六反勇治は右手1本でセーブし、さらに植田裕史が押し込もうとしたところを今度はスライディングで防いだ。ここでいわきが同点に追いついていたら、試合展開はかなり違ったものになっていただろう。前半、いわきの攻撃に手を焼いた理由について、清水の小林伸二監督はこう説明する。
 
「(相手の)ワントップ・ツーシャドーに対して、ボランチが引き込まれると、相手のボランチを誰が見るんだ、ということですね。FWがきちんと対応しないといけないところをおろそかにしたので、ああいう形になってしまった」
 
 ここでいうFWとは、長谷川とチョン・テセである。コンビを組む機会があまりなかったこともあってか、特に前線でのディフェンスという点で指揮官は満足していない様子だった。それでもエンドが替わった後半5分、ついに清水に待望の追加点が入る。右サイドに展開したチョン・テセから枝村匠馬にパスが渡り、枝村は周囲の相手DFを引きつけながらバックパス。これを竹内涼が右足ダイレクトでロングシュートを放つと、弾道はいわきGK坂田大樹の頭上を超えてネットを揺らした。
 
 その後、清水のディフェンスが修正されたこともあり、いわきの反撃は前半ほどの迫力がなくなってしまう。球際の場面では決して負けてはいなかったが、連係でのミスが目立つようになり、セカンドボールを拾われては一方的に攻め込まれる展開が続く。残り10分となり、いわきのサポーターから「ここからだ!」「清水はもう走れないぞ!」といった声が上がるが、相手の集中と走力は最後まで途切れることはなかった。結局、2−0でいわきの挑戦を退けた清水が、ベスト16進出を果たすこととなった。

旋風を巻き起こしたいわきは胸を張ってよい

試合後、いわきの選手に拍手を送る清水のゴール裏。サポーター同士のエール交換も行われた 【宇都宮徹壱】

「(敗れたが)選手は勇敢にチャレンジしたので悲観はしていない。ウチは日本のフィジカルスタンダードを変えることを目的にやっていますが、引いて守ってカウンターではなくボールを前に運ぼうとしていました。ただし選手個々の技術、止めて蹴るという部分では清水のほうが上でしたね。クオリティーの差に加えて、身長差でやられました」
 
 いわきの田村雄三監督は、会見でこのように試合を総括している。確かに、この日のいわきは勇敢に戦っていた。1対1の局面では、チョン・テセやミッチェル・デュークにも負けないプレー強度を見せていたし、指揮官の言葉どおり、積極的に前に出て行くサッカーを見せてはいた。とはいえ、技術の部分ではJ1クラブとの差は埋め難く、身長差で早々に失点したのも想定外だった。それでも今大会、県1部ながら旋風を巻き起こしたいわきは十分に胸を張ってよいだろう。一方、勝利した清水の小林監督に今日の試合の難しさを問うと、こんな答えが帰ってきた。
 
「向こうは県リーグですから、われわれとは天皇杯の位置付けが違う。これを勝てば(注目する)メディアもスポンサーも増えるからモチベーションが高いわけです。それとリーグ戦でも、そんなに負荷がかからずに勝てていれば、すごくいいコンディションで持ってくることができる。それに(格上相手なら)負けてもOKだし、勝てば美化されますから」
 
 そういえば試合直後、清水の選手の何人かはピッチにへたり込んでいた。立場こそ格上だったものの、やはり未知なる相手との一発勝負は、言葉では言い表せないプレッシャーがあったのだろう。試合結果だけを見れば、2−0というスコアは順当なものに感じられるかもしれない。が、J1クラブ対県1部のアマチュアという顔合わせもさることながら、サッカーどころの名門クラブと日本サッカーに革命を起こさんとする新参クラブのコントラストもまた、カップ戦の魅力満載のカードであったといえよう。
 
 試合後、清水サポといわきサポによるエール交換が見られたのも、取材者としては非常にうれしかった。そして、いわきの選手たちが清水のゴール裏に向けて深々と一礼すると、スタンドは暖かい拍手といわきコールが送られた。ジャイアント・キリング再び、とはならなかったものの、なかなかどうして良いものを見せてもらった。もっとも、今大会のいわきFCに関しては、単に「ジャイキリ」だけを語るのではなく、彼らが発したさまざまな問題提起についても、(その是非はともかく)心に留めておきたいところである。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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