海外クラブや他業界に学ぶデジタル変革 鍵はスポーツ×ビジネス×テクノロジー

濱本秋紀

ホッフェンハイムの躍進はピッチ内だけではない

海外では、スポーツクラブもビジネス面でのデジタル変革を積極的に行っている 【写真:SAPJAPAN】

 2016−17シーズンのブンデスリーガはライプツィヒ(2位)やホッフェンハイム(4位)などの新興チームが躍進を遂げた。特にホッフェンハイムは15−16シーズンの途中から当時28歳のユリアン・ナーゲルスマンをブンデスリーガ史上最年少監督として抜てき。テクノロジーを自在に駆使した育成と戦術作りを見せ、2シーズン目はドルトムントとシーズン最終節まで3位争いを演じて話題となった。

 以下の動画は13年に制作されたものだが、U−19のヘッドコーチを務めていたナーゲルスマンが当時からトレーニングの際にiPadを使ってデータを駆使しながら選手に指示を送っている姿が見て取れる。16−17シーズンの躍進は、ホッフェンハイムのデータを駆使した若手育成が、ナーゲルスマンの才能とともに花開いた成果ともいえるだろう。

 ライプツィヒとホッフェンハイムはいずれもSAPがテクノロジーでデジタル変革の支援を行っており、その活用領域はチーム・選手強化にとどまらない。むしろ、ファンとのデジタルエンゲージメントやスタジアム運営など、ビジネス面でのデジタル変革を積極的に行っている。

ナーゲルスマン監督はU−19のヘッドコーチ時代からデータを活用している 【写真:SAPJAPAN】

 動画2の中で、マネージングダイレクターのペーター・ゲーリッヒ氏が次のように語っている。

「私はクラブの経営責任をまっとうするために、『SAP Dashboard for Management』で提供されている包括的なレポートを必要としています。レポートは主に2種類あり、ファンを分析するための360度レポート、選手を分析するための360度レポートがあります」

 補足すると、ホッフェンハイムでは、クラブ経営に関する情報、ファンに関する情報、選手・チームに関する情報をすべてデジタル化し、そこから取得されるデータを使って全方位の分析を行い、クラブ経営の舵取りをしている。私は日本のスポーツクラブでここまでデータドリブン(重視)なクラブを見たことがない。

 ホッフェンハイムの本拠地は大都市から離れている人口約3200人の小さな村だ。スタジアムを訪れると、かなり不便に感じる。そうしたハンディを乗り越えるために、デジタルを活用したファンエンゲージメントに取り組み、オンラインショップのグッズ売上を倍増させるという素晴らしいビジネス成果を挙げている。

世界で最も稼ぐスポーツチームの取り組み

NFLダラス・カウボーイズのオンラインショップ。さまざまな商品購入を促す施策を行っている 【写真:SAPJAPAN】

 毎年、世界で最も稼いだスポーツチームのトップ3に入るのがNFLのダラス・カウボーイズだ。NFLは米国4大スポーツの中でも圧倒的な人気と売上を誇るが、中でもダラス・カウボーイズは、米国を象徴するチームで「アメリカズチーム」とも称されている。ダラス・カウボーイズもまた、SAPのテクノロジーを活用してファンとデジタル領域における接点を強化している。

 例えば、チームのオンラインショップはアパレルブランドのようにクールだ。試しにこのショップで気になる商品をカートに入れてみると、当日からあの手この手で商品購入を促すメッセージが飛んでくるようになる。いわゆる「カゴ落ち(カート放棄)」対策だ。しかも、アメフトのカッコ良い画像と一緒に「あともう少しでタッチダウン!」とか「レッツゴー!」とか「この商品が欲しいことにあなた自身も気付いていますよね!」など、小粋な感じのクリックボタンが付いてくる。A/Bテストもしっかりやっている印象で、しつこいと感じる人ももちろんいるとは思うが、私はあまり嫌な印象を受けなかった。

「カゴ落ち」や「ブラウザ放棄」への対策としてメールを配信する施策は日本でも大手ECサイトを中心にすでに実施されているが、コンテンツがスポーツだと他の商材よりもポジティブに受け取ってもらえるように思う。好きな選手の画像やメッセージで購入を促されたらついつい買ってしまう。日本のスポーツ業界でもぜひ取り組んでほしい施策の1つだ。

スポーツも「デジタル・ファンエンゲージメント」が必須

「カゴ落ち」への対策として「You know you want it. Check out now」という件名のメールが届いた 【写真:SAPJAPAN】

 さらにこのサイトで採用されているEコマーステクノロジーは、日本でも小売業界を中心に取り組んでいる「オムニチャネル」を実現する機能が数多く取り込まれている。「オムニチャネル」とは、顧客が商品やサービスを購入するあらゆる接点について、ネットとリアル(実店舗)の区別なくシームレスにつなぐことで、買い物体験を向上させることを指す。

例えば、

(1)試合に行く途中の駅でQRコード付きの広告を見てスマホでアクセス(屋外広告)
(2)移動中にスマホで観戦グッズを購入(スマホ)
(3)スタジアムに着いたらショップのカウンターで商品受け取り(店舗)

 というスマホ→オンラインショップ→リアルをまたがった商品購入に柔軟に対応できるのだ。これは日本の小売業でもなかなか実現できていない「お買い物体験」である。試合当日のグッズ売り場には長蛇の列ができる。スマホでサクッと購入でき、スタジアムで並ばずに受け取ることができれば、ファンの満足度も高まりお財布のひもも緩むことだろう。

 ちなみにバイエルン・ミュンヘン(ブンデスリーガ)、マンチェスター・シティ(プレミアリーグ)、 ニューヨーク・ヤンキース(MLB)などの世界的な人気チームも、ダラス・カウボーイズと同じテクノロジーを活用して収益の最大化に取り組んでいる。海外の動向を見ていると、スポーツ企業の収益最大化には小売業界が実践している「デジタル・ファンエンゲージメント」が必須になってきていると考えられる。

裾野を広げる施策とファネルを深める施策は別物

裾野を広げる施策とファネルを深める施策の両軸で考える必要がある 【写真:SAPJAPAN】

 スポーツビジネスは音楽業界に学ぶべき点が数多くある。とあるイベントで、ユニバーサルミュージックの藤倉尚CEOがCD販売とライブビジネスに関して次のようにコメントしていた。

「CDが売れなくなったと言われますが、日本人はパッケージが好きなのでまだまだ海外と比較するとCDがとても売れています。また、ライブビジネスが盛り上がっているとも言われますが、私はCD販売との両軸で考えています。良い楽曲を作り、CDなどのパッケージを販売してファンを広げていく横軸と、ライブなどでファンとのつながりをより深めていく縦軸、この両軸で考えることが大切です」

 これはスポーツでも全く同じだと共感した。例えば、音楽業界が注力している「CD販売」に値するような事業、言い換えると、試合日に限定されない事業にもっとリソースを割いてもいいのでは思う。日頃のビジネスでそのスポーツチームが有する魅力ある選手、コンテンツやストーリー、グッズなどを好きになってもらえれば、結果的にその世界観を体験したいと思って試合にやってくる人ももっと増えるだろう。さらにリピーターになる可能性も高まり、ファンのLTV(ライフタイムバリュー/顧客生涯価値)は向上すると考えられる。

 例えば、日本ブラインドサッカー協会では企業向けに体験型研修プログラムを提供している。ブラインドサッカーの「見えないスポーツ」という特徴がコミュニケーションの可視化や組織力の向上など、企業が抱える課題に対して価値を生んだ素晴らしい取り組みだ。私も一度体験してみたところ、会社から参加を義務付けられる研修よりはるかに楽しく、新たな発見があった。協会関係者によると、このプログラムの提供を開始したことで試合に依存しない収益機会を得ただけでなく、ブラインドサッカーの人気向上にも寄与しているとのこと。

 他にもJ2の松本山雅はチーム名の由来ともなった「喫茶山雅」を松本市内にオープンし、サッカーを通じたまちづくりに挑戦している。スポーツには試合観戦以外の価値がまだまだ眠っているのだ。

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著者プロフィール

SAPジャパン株式会社のマーケティング部門でコーポレートイベント・ブランディング・スポーツスポンサーシップ・デジタルマーケティングなどの責任者、製品マーケティングの企画・実施、ユーザーグループの企画・運営などを経験。2016年より、プロスポーツクラブのマーケティング・ファンエンゲージメントを支援し、スタジアムソリューションの事業開発などを担当している。

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