スタジアム・アリーナで儲ける秘訣 ドイツの事例に見るスポーツビジネスの鍵

濱本秋紀

年間90万人が訪れる多目的アリーナ

SAPアリーナでは年間100イベント行われ、約90万人が訪れる 【写真:SAPJAPAN】

「審判のクソ野郎――!!」

 ドイツ語は分からないが、多分そんな感じだろう。タンクトップ姿の若い女性が席から身を乗り出さんばかりに叫んでいる。スケートリンクは寒いのだろうと思って防寒具を着込んでやってきたが、間違いだったことに気付く。満員に埋め尽くされた観客の熱気のせいだろうか、むしろ汗ばむくらいだ。

 ネッカー川がライン川と交差するマンハイムは商業・産業の拠点として成長した都市。北にフランクフルト、南にシュツットガルトという大都市があり、現在は大学都市として31万人の人口を有する都市である(が、これといった観光資源は見当たらない)。

 プロアイスホッケークラブ「アドラーマンハイム」の本拠地であるSAPアリーナは、マンハイム駅から5キロほどの距離に位置するいわゆる郊外型のアリーナだ。ハイデルベルクからアウトバーンでマンハイムに向かうと、15分ほどでその姿が現れる。周りに何もないため、遠くからその近代的ないでたちがよく目立つ。

 しかし、SAPアリーナの前にやってくると5〜10分間隔でやってくる路面電車とバスから押し寄せるファンの流れに驚くことになる。ドイツはサッカーの国だと思っていたが、アイスホッケーもなかなかの人気スポーツなのだろう。

 SAPアリーナはビジネス・ソフトウェア企業SAPの創業者の1人であるディートマー・ホップが資金を出して建設されたアリーナ(2005年に開場)で、最大収容人数は1万5000名。管理運営もSAPアリーナ自身が行っている。現在はプロアイスホッケークラブの「アドラーマンハイム」、プロハンドボールクラブの「ライン・ネッカー・レーヴェン」の本拠地として利用されている。 両チームの試合以外でも音楽コンサートをはじめとしたさまざまなイベントに利用されている多目的アリーナで年間100イベント 、約90万人がSAPアリーナに訪れる。ドイツのライブエンターテイメント施設を対象としたアワード(Live Entertainment Award)を複数受賞しており、ドイツではトップクラスのアリーナとして知られている。

スポーツビジネスの鍵はスタジアム・アリーナ

スタジアム・アリーナは市場拡大のための重要なインフラ。「多目的」であることも求められる 【写真:SAPJAPAN】

 スポーツとITの関わりでいうと、はじめはチームやプレーヤーのパフォーマンス領域がその中心だった。14年のサッカーワールドカップ(W杯)ブラジル大会で優勝したドイツ代表チームが「SAP Match Insights(大量のトラッキングデータを分析・共有し、チームのパフォーマンス強化を目的としたシステム)」をSAPと共同開発して活用したことを各種メディアが取り上げたからだ。それからは特に同領域での問い合わせが急増した。

 しかし、16年からはスタジアムやファンエンゲージメントに関する問い合わせが増加している。これは、同年6月に政府が閣議決定した「日本再興戦略2016」の中で「スポーツの成長産業化」が官民戦略プロジェクト10の一つに入ったことによる潮目の変化だと考えている。日本再興戦略はアベノミクスの羅針盤として13年から毎年発表されているが、16年版では戦後最大の名目「GDP(国内総生産)600兆円」という目標が掲げられ、スポーツ関連ビジネスについても、25年までに15兆円という目標が設定された(14年の市場規模は5.5兆円)。第4次産業革命やヘルスケア産業と並ぶ有望成長市場の一つとして期待されている。

 また、日本再興戦略と並行して、今年2月にはスポーツ庁と経済産業省が共同でスポーツビジネスにおける戦略的な取り組みを進めるための方針策定を目的に、スポーツ未来開拓会議が立ち上がった。すでに計6回の会議が開催され、中間報告が公開されている。

 中間報告の中では、25年に15兆円を稼ぐ主な政策分野とその内訳の試算が行われている。

(1)スタジアム・アリーナ 2.1兆円 → 3.8兆円
(2)アマチュアスポーツ    0兆円 → 0.3兆円
(3)プロスポーツ     0.3兆円 → 1.1兆円
(4)周辺産業       1.4兆円 → 4.9兆円
(5)IoT活用        0兆円 → 1.1兆円
(6)スポーツ用品     1.7兆円 → 3.9兆円

 スタジアム・アリーナは15兆円を稼ぎ出すための核となる重要なインフラと位置付けられており、今後スタジアムを以下のような施設へ新築・改築していくことが議論され始めた。

(1)スマートスタジアム(アリーナ)
Wi-Fi設備、IoT技術、モバイルなどのテクノロジーを駆使してファンエンゲージメントを強化したスタジアム

(2)複合型スタジアム(アリーナ)
ショッピングセンター、ホテル、カンファレンスルーム、遊園地など、複数の施設をそろえたスタジアム

(3)多目的スタジアム(アリーナ)
スポーツ競技の開催のみならず、さまざまなイベントに利用できるスタジアム

スタジアム・アリーナビジネス成功の秘訣は「多目的」

スイートルームの一室。SAPアリーナは接待や商談の場としても頻繁に利用されている 【写真:SAPJAPAN】

 17年2月に、スマートスタジアムの事例として知られるSAPアリーナのオペレーションディレクター兼CFOのイェンス・レーマン氏に話を聞いた。彼が最初に自慢そうに話をしてくれたのは、アリーナを「多目的」にすることだった。

「アリーナの成功の秘訣は多目的にすることです。SAPアリーナはアイスホッケーの試合を実施しても、次のイベントに向け夜間に転換を実現することができます(時間でいうと約8時間)。転換に時間がかかると、それだけイベントの開催回数が減ってしまいます。搬入出の動線設計も含め、多目的を実現するためのアイデアとテクノロジーが盛り込まれているのです」

 大規模なイベントを主催する場合、会場費用はイベント開催予算の中でも結構な比重を占める。そのため主催者は開催準備をできるだけ短期間に済ませてしまいたい。イベント準備を短期間で済ませられるアリーナは主催者にとってもありがたい機能だ。

 また、ビジネスで利用する際の設備も非常に充実している。SAPアリーナでは42のスイートルームと6500のビジネスシートを完備している。スイートルームは都内の一流ホテルの会議室にも劣らないほどの設備を有し、VIP向けの飲食スペースも別に用意されている。レーマン氏との打ち合わせもスイートルームの一室で行われたが、アリーナの中で行っているとは思えないほどの居心地であった。日本でこれほどのホスピタリティー環境を目にしたのはF1やテニスなど一部の国際大会くらい。ビジネスにおける接待や商談の場としても頻繁に利用されているようだ。

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著者プロフィール

SAPジャパン株式会社のマーケティング部門でコーポレートイベント・ブランディング・スポーツスポンサーシップ・デジタルマーケティングなどの責任者、製品マーケティングの企画・実施、ユーザーグループの企画・運営などを経験。2016年より、プロスポーツクラブのマーケティング・ファンエンゲージメントを支援し、スタジアムソリューションの事業開発などを担当している。

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