海外クラブや他業界に学ぶデジタル変革 鍵はスポーツ×ビジネス×テクノロジー
スポーツの強みを生かしたピボットとは?
ドイツ企業であるSAPもシリコンバレーの非米国企業としては最大規模の社員を抱え、ピボットに取り組んでいる 【写真:SAPJAPAN】
例えば、写真共有で人気のSNS「インスタグラム」は元々ソーシャルチェックイン(自分の位置情報をシェア)がメーンのアプリで、写真共有は機能の1つでしかなかった。しかし、実際にユーザーは写真共有のためにアプリを使っていることが分かり、今の姿にピボットして成功を収めている。前述のブラインドサッカー協会が始めた体験型研修プログラムの開発・提供もピボットの一例。スポーツのビジネス価値を爆発的に高めるためには、今までの競技者中心のビジネスからピボットすることが必要だと言えるだろう。
では、潜在ターゲットの人たちのニーズとどのような擦り合わせを行うと、ビジネスとしての成長が見込めるのか。鍵は潜在ターゲットの人たちが抱える問題にフォーカスすることだと考えている。例えば、潜在ターゲットの多くを占める社会人に関する最近の問題として、「働き方改革」「ワークライフバランス」という言葉をよく耳にする。この解決方法として労働時間縮小のためのマネジメントが取り上げられるが、身近な友人や同僚の話を聞く限りでは、問題の根源は労働時間よりも労働で発生するストレスのように感じる。愚痴の大半は時間に起因したものではない。私はストレスマネジメントという問題に対して、スポーツが擦り合わせできるビジネス価値は十二分にあると考えている。
また、私も属するIT業界では、「働き方改革」という社会問題を自社のプロモーションメッセージに取り込み、営業活動を行っている企業が数多くある。中には「ちょっと働き方改革には遠すぎないか?」と思えるものまで強引にメッセージに取り込まれているが、製品(スポーツの場合はオン・ザ・ピッチに関するコンテンツ)中心ではなく、社会問題や顧客課題を中心に置いたストーリーづくり・プロモーションをスポーツでももっと行った方が良いのではないか。
日本人が生まれながらに惹かれる“所作”
日本人は“所作”がお好き 【写真:アフロ】
この1年間、いろいろな人の話を聞いてきた中で記憶に残っているのが“所作”という言葉だ。例えば、16年に人気を博したドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』の恋ダンス。この振り付けをされたMIKIKOさんがとあるイベントで次のように語っていた。
「振付師としてもっと成長するために、28歳でニューヨークに渡りましたが、そこで壁にぶち当たりました。米国流の大味でダイナミックなダンスに圧倒されたのです。日本人がこれをまねしても敵わないと思いました。そこで考え悩んだ末に思いついたのが日本の伝統を取り入れることです。そこで日本人らしい緻密な“所作”をダンスに取り入れようと決めました」
ソニー・ミュージックエンターテイメントの水野道訓CEOもアナログレコードの売上が好調なことを受けて、以下のように語っていた。
「テクノロジーなどの発展でさまざまな『もの』や『こと』が効率化されてきた一方で、非効率なものへの愛着が増しているように思えます。アナログレコードを聞くという“所作”に惹かれるのでしょうね」
私の妻は今年、とあるJクラブのサポーターと化した。今まではとてもサッカー好きとは言えなかった妻が、今年のホームゲームは皆勤賞。はじめはメーンスタンドの指定席で静かに観戦していたが、徐々にゴール裏に近付き、今ではゴール裏のサポーターたちと一緒に完璧にチャントを歌いあげる。みんなとおそろいの応援グッズもそろえた。もちろんサッカー観戦を楽しんではいるのだが、それ以上にサポーターの一員として応援する体験を楽しんでいる。
私は妻がサポーター化していくのを横目で見ながら思った。サポーターがみんなで応援する体験は日本人にはなじみ深い「祭」の擬似体験なのではないかと。分かりやすいメロディーに合わせてみんなが身振り・手振りを合わせて踊る、そんな“所作”が元来、日本人は好きなのだろう。
応援を構成する楽曲・踊り・グッズ。これらはいずれも試合観戦の新たな付加価値になり得るし、試合に依存しないビジネス展開も可能だろう。また、ストレス解消手段としてカラオケやダンス、友人とお酒を飲むことなどが挙げられるため、数千〜数万人と一緒にスポーツを観戦しながら飲んで、歌って、踊るという行為は「ストレス」という顧客課題を解決する十分な価値を持っている。もちろんサポーターとの連携は必須だが、応援するということの価値を、今までは他人任せにしすぎていたのかもしれない。
試合があってもオフィスに居残れる人を確保せよ
日本のスポーツチームは事業戦略に十分な時間を割ける人材の確保ができてない 【写真:SAPJAPAN】
しかし、日本のスポーツクラブは事業戦略に十分に時間を割ける人財の確保ができてない。各クラブのフロントの人々に話を聞くと、日本トップクラスのスポーツクラブでさえ、主催試合ではスタッフ総出で運営している。Jリーグの場合、2週間に1回のペースで主催試合がやってくるため、シーズンに突入してしまうとほとんどの時間を主催試合の準備・運営・後片付けに費やしてしまう。
これには現場で手を動かすことを尊ぶ日本のビジネス文化も起因しているのかもしれないが、ビジネスの成長を考えていく上では変えていかなければいけない重要な要素だと考える。最近では、日本のスポーツ関係者の方々から「デジタル・ファンエンゲージメント」の相談を受ける機会も増えてきた。しかし、相談相手からよく聞くのが、「ぜひ、やりたいです。でもやる人が私しかないんですよね」という話。こう言う人は大概、その時点でも多忙を極めている。
日本再興戦略16年版で掲げた「25年までにスポーツ市場を15兆円に拡大する」という目標を達成するためには、施策を実践する人材の確保が最も必要となる。そして、そこで活躍できる人材はデータを駆使できるアナリスト人材だと考えている。
スポーツクラブは少人数で数万人のファンを相手にするビジネス。ファンの趣味嗜好を正しく理解して「One to One」にエンゲージしていくためにはデジタルが欠かせない。それを使いこなせるスタッフが必須になるのは間違いないだろう。現に海外では私の同僚が何人もスポーツリーグやクラブに転職して活躍している。
各クラブに試合運営に忙殺されないアナリスト人材を置く。その絶好機を逃さないためにも、このことをデジタル化とセットで普及・啓蒙していきたい。