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内村航平、プロ転向の難しさ克服し9連覇
環境の変化にも動じない天性の集中力
体操のNHK杯を9連覇し、個人戦では2008年からの連勝を40に伸ばした内村航平
体操のNHK杯を9連覇し、個人戦では2008年からの連勝を40に伸ばした内村航平【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 体操の個人総合で争うNHK杯最終日が5月21日、東京体育館で行われ、内村航平(リンガーハット)が4月の全日本個人総合選手権の持ち点と合わせ、合計172.900点で大会9連覇を達成。2008年からの連勝を40に伸ばすとともに、10月の世界選手権(カナダ・モントリオール)の個人総合での代表入りを決めた。

「ピンクパンサー」の1人遊びが原風景

最後の鉄棒までに、首位の白井と0.500点離れていたが見事に逆転。この展開に「ストーリーはできていた」と話す
最後の鉄棒までに、首位の白井と0.500点離れていたが見事に逆転。この展開に「ストーリーはできていた」と話す【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 試合は、上位陣の得点が拮抗(きっこう)するスリリングな展開。内村は、5種目めの平行棒が終わった時点で首位の白井健三(日体大)を0.500点差で追う2位にいたが、最後の鉄棒でこの種目の全体トップとなる14.800点を出して、見事な逆転勝利を収めた。


「ゆかで離されて、あん馬とつり輪で巻き返して、跳馬と平行棒でちょっと負けて、鉄棒で巻き返すというのは、僕の中でストーリーができていた。6種目、集中力を切らさずにできたのが良かった。(4月の)全日本選手権が終わってからの練習の成果が出たと思う」


 昨年12月にプロ転向した。コナミスポーツ時代はチームで一斉に行っていた練習が1人になるなど、練習環境をはじめ、自身を取り巻く環境ががらりと変化したが、そんな中でも変わらぬ勝負強さを見せつけた。その原動力は、自らも口にした「集中力」だった。


 原風景は幼い頃に夢中になっていたピンクパンサーとの1人遊びだ。内村は、柔らかく、伸びる素材でできた「ピンクパンサー」の人形を常に持ち歩き、手足を曲げたり伸ばしたりしながら空中で回転させ、技のイメージをつくっていた。何時間でもそれで遊んでいた。両親が「1人で静かに遊んでいるな」と思えば、手にしているのはピンクパンサー。いつの間にか黒ずんでしまい「ブラックパンサー」になっていた。

プロ転向後に感じていた集中力維持の難しさ

プロ転向し、体操の難しさを感じた内村。しかしそれを天性の集中力で克服した
プロ転向し、体操の難しさを感じた内村。しかしそれを天性の集中力で克服した【赤坂直人/スポーツナビ】

 NHK杯の優勝会見では、プロに転向した後に感じたこととして、「あらためて体操競技がしんどいと思った」と言い、その理由として、1人で練習することによる集中力維持の難しさを挙げた。男子個人総合の試合は約2時間半。ウォーミングアップを含めるともっと長くなる。


「リオ五輪までは6種目を行うことについて自分の中で長いとか、しんどいとか感じたことがなかったが、リオ後に1人でやることになって、この長さの中で集中力を持続させることが難しいと感じていた」


 しかし、それを克服したのもまた、内村ならではの天性の集中力だった。


「1人だと集中力がないときは自分の中に入り切るのが難しかったりするが、1人でやっているからこそ入り切れるときは、それが強みになる」


 これに関しては、水鳥寿思・男子強化本部長の目にも同じように見えていたようだ。


「彼はもともと自分のペースで、自分1人でも練習ができる強さを持っている。ただ、その一方ですごく優しい部分を持っていて、自分だけが特別になるようなことをやりたがらない。1人になったことで仲間と練習できないというデメリットはあるけれど、休養が必要な部分と、時間をかけて練習するところ(のメリハリ)が、この冬の間にできていたのではないかとすごく感じている」


 実際に、チームで練習していたときは全体が終わるのを待っていたが、プロ転向後は自分のメニューが終了すれば終わりということになり、通し練習にかかる全体の時間が短縮されたという。個人で独立してプロになれば必ず成功するというわけではない。自分に集中できる強さを持っている内村だからこそ成し遂げることのできた連勝記録更新だった。

矢内由美子
矢内由美子

北海道生まれ。北海道大卒業後にスポーツニッポン新聞社に入社し、五輪、サッカーなどを担当。06年に退社し、以後フリーランスとして活動。Jリーグ浦和レッズオフィシャルメディア『REDS TOMORROW』編集長を務める。近著に『ザック・ジャパンの流儀』(学研新書)

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