9秒台に必要な“3つの動作”はほぼ習得 桐生ら3強の走りはどう進化したか
向かい風最高は9秒台相当のタイムだった
ダイヤモンドリーグ上海大会ではフライング失格となった桐生(左から2人目)。しかし、今季はすでに10秒0台を連発し、9秒台へ確実に近づいている 【写真は共同】
13日のダイヤモンドリーグ上海大会。スタートの反応時間0秒100未満はフライングと判定されるが、桐生のそれは0秒084だった。1000分の16秒早過ぎただけであり、報道によれば、「ぴったり」だったという本人の感触と、この大会の判定機の感知の仕方にずれがあった。桐生にとっては想定しにくいミスだった。
今季の桐生は3月の豪州で初戦を迎え、10秒0台をトントントンと3回。そのうち、4月の国内レースでは、23日出雲陸上での10秒08に続いて、29日の織田記念でも向かい風0.3メートルの条件下で10秒04を出し、昨年のリオデジャネイロ五輪400メートルリレーで共に銀メダルを獲得した山縣亮太(セイコーホールディングス)が昨年記録した向かい風の日本人最高タイム10秒06を上回った。これは公認されるギリギリの追い風2.0メートルに換算すればほぼ9秒台相当と言って構わない水準だった。つまり、19年前に10秒00の日本記録が出て以来、足踏み状態にある日本の男子100メートルにおいて、日本人初の9秒台はもう時間の問題だと宣言するタイムをたたき出したことになる。
昨季のリオ五輪で山縣とケンブリッジ飛鳥(ナイキ=当時ドーム、400メートルリレーの銀メダルメンバー)が準決勝に進出し、その秋も山縣と桐生が10秒0台を出したあたりから、幾人もの関係者が「いつ(この3人のうちから)誰が9秒台を出してもおかしくない」と口をそろえる状況が生まれていた。
それからシーズンが明けた現在、桐生によってさらに“壁”に肉薄していると評価することができそうだ。そういう意味で、向かい風の国内2戦とフライングの上海大会は、桐生にとっては“9秒台一番乗り”のチャンスを逃す不運のレースとなった。
“成長の一端”として痛みを発症した山縣
3月の豪州の大会では、桐生に先着している山縣(右)。右足首を痛め欠場が続いているが、好調であるが故でもある 【写真:ロイター/アフロ】
桐生の不運の一方で、山縣にも不運があった。桐生と同じ3月の豪州の大会に臨んだ山縣は、2本とも10秒0台という好タイムを出し、2本目は桐生に先着して1位だった。ところが、その夜、ねんざのような痛みを発症。エントリーしていた織田記念と、5月21日開催の「ゴールデングランプリ川崎」への出場を断念せざるを得なくなった。
だが本人は、「リオ五輪以降の良いイメージは失われておらず、出力も上がったために、かえって末端部に負担がかかってしまった」と、成長の一端でもあるととらえている。「上半身と下半身の連動ができなかった」という豪州での走りの修正点を改善すれば、さらに良い走りができることになる。それだけに、“一番乗り”という点では、もどかしい状況になってしまっている。
ケンブリッジはシーズン後半に本領発揮のタイプ
ケンブリッジは追い風参考ながら9秒台も出しているが、まずは世界陸上の参加標準記録突破が目下の目標となる 【写真は共同】
だが、彼はシーズンが進むにつれてエンジンが回り始めるタイプ。ガチンコ3強対決を制した昨年6月の日本選手権やリオ五輪のように、これから本領を発揮してくれるはずだ。この春に「9秒台は通過点」と語ったように、この半年の成長の手応えはかなりあるようだ。仮にシーズン序盤のうちに桐生と山縣に先を越されたとするなら、タイミングが間に合わず、ツキがなかったということにもなる。
3人にまつわるこれらのことに見られるのは、巡り合わせや偶然性の妙である。3人が9秒台に急迫していて、だけれども、“壁”を突き破る最後の一歩の決め手は何なのか、最初に突き破るのは誰かを決定付けるものは、結果が出てみなければ分からないものだという偶然性の“真理”が暗示されている。“10秒00の壁”の突破は偶然性を帯びているからこそ難しい(=難題を必ず解決できる手順が事前に分かるなら苦労はしない)のだ。