子供たちに「急がば回れ」を教えられるか スペイン暮らし、日本人指導者の独り言(18)

木村浩嗣

日本人に足りない“コンペティティブさ”

乾にインタビューした際、サッカーの違いだけでなく習慣の違いなどの話をたっぷりしたが、コンペティティブさの違いもあると思う 【Getty Images】

 先月エイバルで活躍をする乾貴士にロングインタビューをする機会があった。テーマは日本人がスペインで苦労する適応問題で、サッカーの違いだけでなく習慣の違いや気質の違い、食生活の違いの話をたっぷりした(興味がある人は発売中の『月刊フットボリスタ』を読んでください)。彼は選手として戦術理解力の違いや発想の自由さを指摘してくれたが、監督として子供と接して来た私がそれに1つ加えると、“コンペティティブさ”の違いもあると思う。
 スペイン人の方がよりコンペティティブだ。Competitiveを辞書で引くと「競争心旺盛な」と出ている。そう、スペインの子供は負けず嫌いで勝利にこだわる。だから負けると泣く子が出てくる。先日21日にAチームとBチームの対戦があり、終了1分前にCKが直接ゴールになり、Bが3‐2で逆転勝利した。Bの連中が大喜びする脇で当然Aの連中は涙目になっていた。

 試合だけでなく練習でもそうである。彼らはミニゲームのような勝ち負けのあるエクササイズが大好きなのだが、そこでも負けた方が悔し涙を流す。「練習なんだから泣くことはないじゃないか」と大人の私は思うが、練習を本番さながらの気持ちでやるのは良いことなので放っている。どうせ翌日はケロッとして練習に出て来て、また別のやつが泣くのだ。

 プロに限らずスペインでサッカー経験のある日本人に聞くと、異口同音に「練習から本気で削ってくる」という感想が返ってくる。スペイン人にはおそらく、試合と練習の区別がついていないのではないかと思う。区別する発想は少なくとも子供にはゼロで、プロでも希薄だろう。だから、練習中に選手間や監督相手の口論や諍い(いさかい)がしょっちゅう起きて、試合並みにけが人が出たりして新聞沙汰になるのである。

チームが勝つよりも先に自分が勝ちたい

AとBの直接対決前のストレッチは合同でやった。ライバル心をかき立てないという私の心遣いだったが、結局泣く者が出た。可愛らしい子たちだが、ゲームになると目の色が変わる 【木村浩嗣】

 ただ、熱心に競争し過ぎることがマイナスになる時もある。

 練習では私はめったにAとBを競争させない。ライバル心が過剰になって仲間割れが起こることを危惧しているからだ。先のAとBの直接対決前はわざとチームをミックスして練習をさせた。真剣勝負であるミニゲームを裁くのも一苦労である。私がレフェリーを務めるのだが、ジャッジへの不平不満が必ず出る。負けず嫌いな者の最初の反応として「負けを認めない」というのがあって、次の反応として「負けたのは自分(たち)のせいではない」という責任転嫁が起こる。敗因は私の笛のせいだと思っているし、そもそもは、私の不公平なチーム分けのせいだと思っている。

 真の勝利者とは、負けを認め反省し努力することで敗戦を繰り返さない者たちのことである。私の仕事は成長を阻害するこの責任転嫁を止めさせることなのだが、ジャッジに文句ばかり言っているプロを見て育っているのだから子供がそうなるのも無理がない。

 ジャッジへの文句だけではなく他のネガティブな行動もコンペティティブというキーワードで理解できる。負けず嫌いだから審判が見えないところでシャツを引っ張り、PKをもらおうとダイブをする。いわゆるマリーシアの類は「負けたくない」→「勝つために手段を選ばない」という連想で説明がつく。

 スペイン人の規律のなさ、もそうではないか。自分の勝利とグループの勝利、どちらを優先するかと言えば日本人はグループだろうが、スペイン人は自分である。チームが勝つよりも先に自分が勝ちたい。そんなスペイン人の子供に自分が勝つためにはチームが勝たないといけないことを納得させないといけない。日本の子供だと社会のおきてとして無条件にグループが大事だと思い込まされているから、日本人相手の監督には必要のない作業である。「チームよりも自分優先の子供」+「勝つためにはルールを破ってもいい」=「規律を守らない、監督の言うことを聞かない」となるのは当然だろうと思う。

乾がメンディリバル監督(右)に口を酸っぱくして言われていたのが、「言うことを聞き過ぎるな」ということ 【Getty Images】

 ただし、監督の言うことを聞かないからこそ、自由な発想が生まれる。

 乾がエイバルの監督であるホセ・ルイス・メンディリバルに口を酸っぱくして言われていたのが、「私の言うことを聞き過ぎるな」「従順になり過ぎるな」である。乾の素晴らしい個の力が、日本人特有のチームメートへの気遣いによって封印されてしまう。気遣いという美徳が過剰になると、規律が重視される守備ではなく、創造力が要求される攻撃面では、特にマイナスになる。スペイン人なら教えられなくても身に付いている我を出す習慣を、日本人選手がスペインで戦いたいのなら、学ばなくてはならない。

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著者プロフィール

元『月刊フットボリスタ』編集長。スペイン・セビージャ在住。1994年に渡西、2006年までサラマンカに滞在。98、99年スペインサッカー連盟公認監督ライセンス(レベル1、2)を取得し8シーズン少年チームを指導。06年8月に帰国し、海外サッカー週刊誌(当時)『footballista』編集長に就任。08年12月に再びスペインへ渡り2015年7月まで“海外在住編集長&特派員”となる。現在はフリー。セビージャ市内のサッカースクールで指導中。著書に17年2月発売の最新刊『footballista主義2』の他、『footballista主義』、訳書に『ラ・ロハ スペイン代表の秘密』『モウリーニョ vs レアル・マドリー「三年戦争」』『サッカー代理人ジョルジュ・メンデス』『シメオネ超効果』『グアルディオラ総論』(いずれもソル・メディア)がある

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