【ボクシング】“世界最強”最右翼のロマチェンコが圧勝 大金を動かすビッグファイトへも意欲

杉浦大介

相手を戦意喪失にさせる“ハイテク”スタイル

WBO世界スーパーフェザー級タイトルマッチで王者ロマチェンコは挑戦者ソーサに圧勝 【Getty Images】

 目の前に相手がいるのに、まるでパンチが当たらないというのはどんな気分だろうか。

 対戦するボクサーに何もさせず、絶望感を与えるボクシング。そんな戦い方ができる達人ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)こそが、現代最高のボクサーかもしれない。

 現地時間8日(日本時間9日)、プロボクシングのWBO世界スーパーフェザー級タイトルマッチで、王者ロマチェンコが挑戦者ジェイソン・ソーサ(米国)に9ラウンド終了TKO勝ち。今年2月までWBA同級王座を保持した強豪も、今をときめく2階級制覇王者にはまったく太刀打ちできなかった。

「自分の仕事を成し遂げるためにここに来て、“ハイテク”のスタイルをみんなに見てもらうことができた。とても良い仕事ができたと思う」

 ロマチェンコ本人も後に満足げに振り返ったが、実際にウクライナの至宝はフットワークと上体の動きを止めず、様々なアングルからコンビネーションを繰り出し続けた。スキル、ハンドスピード、ディフェンス力のハイレベルでの融合は驚異。タイミング良く繰り出すボディ打ちも効果的で、中盤以降はほとんど自由自在にパンチを当てているようにすら見えた。

 闘志旺盛なソーサも諦めずにパンチを振り続けたが、9ラウンドを終えたところでのコーナーのストップは正しい判断だったろう。昨年11月にはラスベガスでニコラス・ウォーターズ(ジャマイカ)を7回終了時点で降参させたのに続き、対戦相手(&その陣営)の戦意を完全に喪失させるのがロマチェンコの専売特許になりつつある。

“メイウェザー、パッキャオ時代”以後の最強は?

“メイウェザー、パッキャオ以降”の最強として最右翼の位置にいる 【Getty Images】

 アマ通算396勝1敗というとてつもない戦績が話題を呼んだロマチェンコは、プロでも3戦目で世界王座に到達。その技術はすぐに定評を勝ち得たものの、当初は試合内容がやや単調なことも多く、“ロボットのよう”と評されることも多かった。しかし、過去3年は5試合連続KO勝利を継続中。その力強いファイトを見る限り、プロらしい戦い方をすでにマスターしたようでもある。

 長く業界を引っ張ってきたフロイド・メイウェザー(米国)が2015年限りで引退し、その宿敵マニー・パッキャオ(フィリピン)も黄昏期を迎えて久しい。今のボクシング界は“メイウェザー、パッキャオ以降”の時代の支配者を探している感がある。

 名実ともに業界のトップに立つのは誰なのか――。2016年下旬の時点で、筆者は“パウンド・フォー・パウンド”(階級を超えて、強さを比較するランキング)のトップ10を以下のように制定した。

1位:ロマチェンコ
2位:ローマン・ゴンサレス(ニカラグア)
3位:アンドレ・ウォード(米国/WBA、IBF、WBO世界ライトヘビー級王者)
4位:ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン/WBA、WBC、IBF世界ミドル級王者)
5位:セルゲイ・コバレフ(ロシア)
6位:テレンス・クロフォード(米国/WBC、WBO世界ライト級王者)
7位:パッキャオ(WBO世界ウェルター級級王者)
8位:ギジェルモ・リゴンドー(キューバ/WBA世界スーパーバンタム級王者)
9位:井上尚弥(大橋/WBO世界スーパーフライ級王者)
10位:キース・サーマン(アメリカ/WBA、WBC世界ウェルター級王者)

 今春の時点では、キャリアわずか8戦のロマチェンコをトップに据えるのは時期尚早という声も聴こえてきていた。しかし、その後にボクシング界は大きく動いている。

 昨年11月のウォード対コバレフ戦はウォードがダウンを奪われながらも疑問の残る判定勝ちを収めたが、正直、“両者の痛み分け”と言えるような結果だった。今年3月には46戦全勝だったローマン・ゴンサレスがまさかの初黒星。破竹の勢いで駆け上がってきたゴロフキンもダニエル・ジェイコブス(米国)に大苦戦。これらのトップボクサーたちにとって、最新ファイトは評価を上げるものではなかった。

 そんな状況下で、最近は超人的な技量を誇示するロマチェンコを1位に推す関係者は増えるだろう。

 デビュー2戦目で世界タイトルに挑み、大ベテランのオルランド・サリド(メキシコ)の経験とダーティな戦術に屈したのも今は昔。スーパーボクサーはプロキャリアわずか9戦(8勝(6KO)1敗)で完全に覚醒した。今後、“パウンド・フォー・パウンド”の上位はこのロマチェンコ、クロフォード、マイキー・ガルシア(米国/WBC世界ライト級王者)といった新勢力の争いになりそうな予感を感じさせる。

ガルシア、クロフォード…… 強豪との対戦を熱望

“最強”であることを証明するロマチェンコは、これから知名度も高めていくためビッグマッチを渇望する 【Getty Images】

 もっとも、商品価値がものをいうボクシング界では、ただ強いだけで“業界の顔”になれるわけではない。ロマチェンコはマニアの間ではリスペクトを集めていても、過去2戦はキャパ2000〜3000人程度の小会場で試合を行ってきた。英語が母国語ではないウクライナ人が、米国でトップスターになるのはそう簡単ではないのだ。

 パウンド・フォー・パウンド最強を争う実力者というだけでなく、1戦ごとに大金を動かせるスター選手に――。スタイル的にパッキャオ、ゴロフキンほどの存在になるのは難しいにせよ、似たような路線を歩めるかどうか。ロマチェンコを抱えるトップランク社は、今後、この天才ボクサーの知名度をアップさせるために効果的なマッチメークを見つけていかなければいけない。

「(トップランクの)ボブ(・アラム)に電話して、僕は王者とだけ対戦したいと伝えるつもりだ。スーパーフェザー級の王者と対戦できるかを見てみたい。拒否されたら、(WBO世界ライト級王者のテリー・)フラナガンとイギリスで戦いたい。マイキー・ガルシア戦もすごいファイトになるだろうね。その試合は実現させたい。そして、僕はテレンス・クロフォードの方にも向かっているんだ」

 ソーサ戦後、ロマチェンコは多くのタイトルホルダーたちの名前を挙げ、ビッグファイトへの意欲を示していた。幸いなのは、前述したガルシア、クロフォードといった無敗王者たちが近い階級に属していること。彼らとの激突が実現することには、ロマチェンコのキャリアにとって、そして近未来のボクシング界にとっても、極めて重要な意味があるのだろう。

 外国人の技巧派ボクサーが米国で頂点に立つのは並大抵の難しさではないが、毛色の違った魅力を持つロマチェンコは可能性を感じさせる。クロスオーバー(全国区)の存在になるために、あと1、2年が鍵か。

 そのために、インパクトのあるマッチメークと劇的な試合内容は必須。今後、対戦相手の質が上がっても、これまで通りにリング上で相手に絶望感を感じさせ続ければ、その評価と名声はまだまだ上がり続けるはずである。
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著者プロフィール

東京都生まれ。日本で大学卒業と同時に渡米し、ニューヨークでフリーライターに。現在はボクシング、MLB、NBA、NFLなどを題材に執筆活動中。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボール・マガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞・電子版』など、雑誌やホームページに寄稿している。2014年10月20日に「日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価」(KKベストセラーズ)を上梓。Twitterは(http://twitter.com/daisukesugiura)

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