ロマゴン判定負けに“聖地”がどよめき ドリームマッチは霧散 大勝負の再戦へ

杉浦大介

誰もがロマゴン勝利と思ったが……

誰もが“ロマゴン”の逆転勝利と思ったが、判定は元王者のシーサケット勝利と下された…… 【Getty Images】

 判定が下された瞬間、マディソン・スクウェア・ガーデン(MSG)に沸き起こったのは勝者を称える歓声、興奮ではなかった。それよりも、驚きに満ちたどよめき。絶対的な存在であり続けてきた4階級制覇王者が、初めて敗れたという事態をほとんどの人が即座には把握できなかったのだ。

 現地時間3月18日(日本時間19日)、米国ニューヨークのマディソン・スクウェア・ガーデンで行われたプロボクシングのWBC世界スーパーフライ級タイトル戦で、元王者で挑戦者シーサケット・ソールンビサイ(タイ)が王者ローマン・ゴンサレス(ニカラグア)に2-0で判定勝利。デビュー以来46連勝を続けてきた“チョコラティート”、日本では“ロマゴン”の愛称で親しまれる名王者が、ここでついに初黒星を喫したのだった。

「激励を送ってくれたタイのファンに感謝したいです。私がやり遂げることができたのはみんなの応援のおかげです」

 大金星のシーサケットがリング上でそう語ると、場内からは激しいブーイングが沸き起こった。そんなシーンからも明白な通り、接戦、激戦ではあったが、実際にはゴンサレスが勝ったと思ったファン、関係者が大半だった。

 第1ラウンドに右ボディでダウンを奪われたゴンサレスだったが、中盤以降に反撃。第6ラウンドには左ボディでダメージを与える見せ場も作った。その後もクリーンヒットの数は遥かに多く、優勢を印象付けるには十分だった。

 体格、パワーで勝るサウスポーに対し、ゴンサレスがスキルと強靭なハートに裏打ちされた連打で何とか打ち勝っての逆転勝利。誰もがそう思ったところで、驚くべき判定が発表された。直後のどよめきと、続いて沸き起こったブーイングは、そんな混乱からもたらされたものだったのである。

もはやピークの状態にないことは否定できない

初回に久々のダウンを奪われたロマゴン。長年の蓄積で衰えがきているのか? 【Getty Images】

 もっとも、確かに勝負を制したのはゴンザレスのように見えても、この日の“チョコラティート”からはわれわれが慣れ親しんだ支配的な強さがまったく感じられなかったのも事実である。

“パウンド・フォー・パウンド最強”――。

 いつしか全階級を通じたベストファイターとみなされるようになったゴンサレス。しかし、前戦ではスーパーフライ級タイトルを奪ったものの、実力者のカルロス・クアドラス(メキシコ/帝拳)に大苦戦した。そして、今回の初防衛戦でも30歳のタイ人に手を焼いた。

 前記通り、勢いをつけて攻めてくる挑戦者の右パンチを浴び、初回に久々のダウンを喫した。3ラウンドには右目尻をカットし、以降は流血の大攻防戦。この日の試合内容では、例え勝利を挙げていたとしても、多くの米メディアは“パウンド・フォー・パウンド”リストでゴンサレスを1位から陥落させていたのではないか。

「チョコ(ゴンサレス)はこの試合には勝っていた。しかし、簡単なファイトではなかった。今後はもう楽には勝てないのかもしれない」

 現地ボクシング記者のスティーブ・キム氏がそうツイートしていたが、同じように感じた人は多かっただろう。

 年齢的には29歳でも、小柄な身体で2005年から戦い続け、衰えの時期を迎えたのか。あるいはスーパーフライ級はサイズ的に許容範囲を超えているのか。答えがどっちであれ、両方であれ、今の“チョコラティート”がもはやピークの状態にないことは否定できまい。

ロマゴン、新王者ともにダイレクトリマッチに意欲

ドリームマッチは霧散となったが、ロマゴンにとっては瀬戸際の一戦が続くことになるだろう 【Getty Images】

 本来であれば、今年中盤以降のゴンサレスにはさらなるビッグプランが用意されていくはずだった。

 18日に同じアンダーカードに登場したクアドラスとのリマッチが組まれれば、アメリカ西海岸では大きな話題を集める一戦になっていたに違いない。12年11月に激闘を演じた元WBA、WBO世界フライ級王者、ファン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ)との再戦も視界に入っていると噂された。何より、WBO世界スーパーフライ級チャンピオン井上尚弥(大橋)との統一戦が実現すれば、日本史上最高のビッグファイトであり、世界中のボクシングファン垂涎のスーパーファイトになっていたことだろう。

 ところが、この日の初黒星でそれらのすべてが霧散。あるいは棚上げ。他の強豪たちとのドリームマッチを考えるより、まずは新王者シーサケットとのプライドをかけた再戦に挑まねばならない。
「私が勝ったと思った。即座に再戦したい。タイトルを取り戻したい」。ゴンサレスはそう語り、ダイレクトでのリターンマッチに意欲を示している。

「この試合に勝つことができたあとで、(ゴンサレスとの)再戦を含め、誰の挑戦でも受けられると信じています。彼が決してあきらめない偉大なファイターだということを認めなければいけません」

 シーサケットもそう述べ、前王者に敬意を示すとともに、再戦を受けいれる意思を述べていた。今回の判定に多くの関係者が納得していないことから考えても、早期リマッチの可能性は高い。そして、当然のことだが、その一戦はゴンサレスにとって瀬戸際の大一番になるのだろう。

 今回の苦戦の原因が衰え、加齢、相性のいずれだとしても、すでに手の内を見せ合った強豪とのリマッチは楽なものにはなるまい。体格で上回る相手を、再びスキルで圧倒する力が残っているか。歴戦の疲れが見えた自身の身体に、もう一度ムチを入れる心身のスタミナが残っているかどうか……。

 紛れもなく軽量級史に残る小さな巨人である“ロマゴン”のキャリアが、後半、あるいは終盤に差し掛かっているのは間違いあるまい。

 そして、今年下半期以降は彼にとって再び勝負の季節になる。エリートファイターとしてという意味では、あるいはキャリア最後になるかもしれない大勝負。だとすれば、同世代を生きる私たちも、偉大な4階級制覇王者の行方からもうしばらく目を離すべきではないのだろう。
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著者プロフィール

東京都生まれ。日本で大学卒業と同時に渡米し、ニューヨークでフリーライターに。現在はボクシング、MLB、NBA、NFLなどを題材に執筆活動中。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボール・マガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞・電子版』など、雑誌やホームページに寄稿している。2014年10月20日に「日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価」(KKベストセラーズ)を上梓。Twitterは(http://twitter.com/daisukesugiura)

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