大賞典“そんたく”レース、シュヴァル 「競馬巴投げ!第140回」1万円馬券勝負

乗峯栄一

競馬と女性と車の運転、未だに自信がない

[写真4]ワンアンドオンリー 【写真:乗峯栄一】

 つらつら振り返るに、ぼくは競馬と、女性と、車の運転がほぼ同じぐらいの経歴だ。どれももう40年になる。未だに自信がないのも三者共通で、多分このまま終息していくんだろう。寂しい。

 しかしだ。言いたいこともある。たぶん客観的にみれば、三つともそう下手ではないのだ。そこそこの仕事は出来る。競馬だって言われるほど外れ続きではない(当欄も前回半年ぶりに的中した)し、女性だって、車の運転だって、まあ名人とまではいかないが“中の下”ぐらいのパフォーマンスは出来る。でも多分、それはあまり問題じゃない。

「私はそんなこと少しも恐れていないし、私が恐れていると思わせる理由を少しも彼に与えないのに、彼が私を殺そうとしているといって私が彼を恐れていると彼が思う場合は精神病と呼ばれる」とR・D・レインは言う。訳が分からんでしょう。つまり疑心暗鬼こそ精神病のすべてだと言っている(んだと思う)。

 ぼくの場合「こいつ、俺のこと下手くそだと思ってんじゃないか?」という疑心暗鬼が一般の人よりやや強くあり、それが極端に卑屈な態度や、その反動としての逆上につながる。悲しいことだ。なんでこんな性格に生まれついたのか。

[写真5]タマモベストプレイ 【写真:乗峯栄一】

 ぼくの場合「こいつ、俺のこと下手くそだと思ってんじゃないか?」という疑心暗鬼が一般の人よりやや強くあり、それが極端に卑屈な態度や、その反動としての逆上につながる。悲しいことだ。なんでこんな性格に生まれついたのか。

 例えば車の運転だ。ぼくは助手席に人、特に初対面の人がいると、極度にその人の反応が気になる。「“運転下手だなあ”とか思ってんじゃないのか」と疑心暗鬼が広がる。何かの拍子に「へえ、安全運転なんだ」などと呟きが聞こえたらもういけない。パニックだ。赤信号でも一旦停止でも殆ど止まらなくなる。「何ちゅう運転や」と助手席は怯えるがもう遅い。俺をその気にさせたお前が悪い。

 これは多分運転技術ウンヌンより精神力の問題だ。でもすぐに矯正できないのが、これまた精神力の問題だ。

 ガソリンスタンドでやっと車をレーンに入れたと思ったら「いま混んでますから一度バックして隣のレーンに入って貰えますか」と言われる。なんでそんなこと言うんや? 案の定バックの途中で壁際のコーンを3、4本なぎ倒す。「あ、係員がこっち見た。きっと“ヘタクソやなあ”とか思ってるんや」と得意の疑心暗鬼状態、もういけない、逆上である。「キャップ開けて下さい」という声にレバーを引くと「お客さーん、トランクが開きました」と大声。「そうや、俺は昔からトランクにガソリン入れるのが大好きやったんや」と意味不明の悪態をつく。「点検しますのでボンネット開けて貰えますか。あ、お客さーん、ワイパーが動き出しました。あ、車が動いてます。お客さーん、サイドブレーキ引いて下さーい!」這うような思いで車を離れ建物内に待避すると、ゲージのようなものを持って係員が追いかけてくる。「オイル汚れてますね、交換しといた方がいいですよ。水抜き剤も交換したらどうでしょうか?」「何? 水抜き剤って?」というぼくの返しの質問はほとんど声にならず、どういう訳か「じゃ、それ入れといて」と向こうの思惑通りの答えだけが伝わる。ガソリン代6千円だけで済むはずのところが、オイルと何とか剤で3万も払わされる。涙が出た。

リラックス マイ(股間)ベイビー

[写真6]サトノダイヤモンド 【写真:乗峯栄一】

 ぼくは人知れず40年前のことを思い出す。「ま、これも経験だからね。次はうまくいくから。帰りに受付で3万円払っといてね」と初めて経験するその種の店で、ぼくは何もしていないのに3万払わされた。それだけじゃない。女というものは「ええ?!」と極端に驚いたり「ふん」と溜息ついたり「あーあ」と嘆息したり、そういうことを男が勝負を賭けている時にやる。「どうしたのよ?」と髪掻きむしったり、「もういい」とこっち撥ねのけてパンツ履いたり、そういうことしていいのか? ああ、涙が出る。

 わが運転は栗東トレセン行き帰りが用途の8割だが、最近は車中でずっとロッド・スチュアートを聞いている。何度も聞いていると歌詞の分かる所が出てくる。ロッド・スチュアートは「リラックス ベイビー」と言っている。「リラックス ミー」ではない。ズボン緩めて「リラックス マイ(股間)ベイビー」と声掛けるのでもない。

「リラックス」という掛け声は自分や自分の股間に向けて言うものだと思ってきた。ベッドで横になる女に向けて「リラックス ベイビー」などと、そんな掛け声、とんでもない。そんなこと言わなくたって、やつらは十分リラックスしている。「リラックス ベイビーって、リラックスするのはあんたでしょうが!」とすぐに言い返してくるぞ、やつらは。

 ああ、何の話だ。とにかく「忖度(そんたく)」だ。この世界を作っているのは忖度なのだ。ああ、みんなは「オレが自分のことを思っているように、見てくれているんだろうかと考えている人間だな、こいつ」などと、ちゃんと思ってくれているんだろうか。

 涙を拭きながら、阪神大賞典を“忖度”しよう。

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著者プロフィール

 1955年岡山県生まれ。文筆業。92年「奈良林さんのアドバイス」で「小説新潮」新人賞佳作受賞。98年「なにわ忠臣蔵伝説」で朝日新人文学賞受賞。92年より大阪スポニチで競馬コラム連載中で、そのせいで折あらば栗東トレセンに出向いている。著書に「なにわ忠臣蔵伝説」(朝日出版社)「いつかバラの花咲く馬券を」(アールズ出版)等。ブログ「乗峯栄一のトレセン・リポート」

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