地味な五輪競技「ハンドボール」に変化 Jリーグ流で改革の第一歩を踏み出す

大島和人

日本では存在感が薄い競技だが……

東京五輪種目の中でも存在感が薄いハンドボールだが、変化の時を迎えている 【写真提供:日本ハンドボールリーグ機構】

 2020年の東京五輪には「33」の競技が採用されている。そのうち7競技は球技系の団体種目だ。ハンドボールはというと、その中でも存在感が薄い。もちろんTBS系の「スポーツマンNo.1決定戦」を連覇した宮崎大輔(大崎電気)には高い知名度がある。北京五輪の予選における「中東の笛」問題と、その後08年1月に行われた日本と韓国のプレーオフも注目を浴びた。ただ国内のリーグ戦がいつ、どこで、どんなチームの間で競われているかを把握しているスポーツファンは少数だろう。

 今季の日本ハンドボールリーグ(レギュラーシーズン)は16年9月10日の開幕で、17年3月5日に終了している。3月18日と19日に男子の、25日と26日に女子のプレーオフが行われる。しかしマスメディアでハンドボールの話題はほとんど目にしない。ヨーロッパならサッカー、バスケに次ぐメジャー競技だが、日本では地味な存在に止まっている。

 そうした中、日本ハンドボールリーグのリーグ委員長に今季から就任したのが村林裕氏だ。JリーグのFC東京で取締役や社長を歴任し、11年1月に退任。東京ガスのサッカー部がプロ化し、先発の東京ヴェルディを上回る人気クラブへ発展する過程における、経営のキーマンだった。現在は慶應義塾大学総合政策学部の教授として、スポーツビジネスを講じている。そんな彼がハンドボールの世界で、何をしようとしているのか。

プロ化を目的とはできない現状

今季から日本ハンドボールリーグのリーグ委員長に就任した元FC東京社長の村林裕氏 【写真提供:日本ハンドボールリーグ機構】

 FC東京の社長を退任後、大学ではバレーボール部部長を任され「土日はバレーボールという暮らしをしていた」彼が、関係者からの声掛けで日本ハンドボール協会の理事に就いたのは13年のこと。「『気付いたことがあったら言ってほしい』と言われて、言いたいことを言っていまして……。そうしたらいろいろな仕事が回ってきて、言うからにはやれみたいな感じになった」と、村林は苦笑まじりにハンドボールに深入りした過程を振り返る。

 16年にはバレーボールや卓球でも、プロリーグ化を模索する動きが表面化した。ただ村林は「僕は『ハンドボールのプロ化』をまったく口にしていない。少なくともここしばらくプロ化はあり得ない」と断ずる。そこにはハンドボール界のシビアな現実がある。

 同じような実業団を中心とするリーグ戦でも、例えばラグビーなら東京・秩父宮ラグビー場に万単位の観客が集まる試合がある。選手の中には1億円台の収入を得る世界的な名選手もいる。しかし企業スポーツの中には大きな格差があり、ハンドボールは勝ち組と言い難い。

 日本ハンドボールリーグは、公共の体育館で試合が行われている。会場のアクセスは総じて恵まれておらず、関西圏や首都圏といった人口密集地帯での開催もほぼ皆無。今季も駒沢体育館で開催される男子のプレーオフを除くと、東京都内の開催が一度もなかった。

 プロリーグはクラブ自身が興行権を持つ。ハンドボールは各都道府県協会がリーグに開催権料を支払い、試合を運営しているケースが一般的だ。各チームは協会からチケットを購入し、それが試合の経費や協会の運営費に充てられる仕組みだ。チーム→協会→リーグとお金は動いているが、営業やプロモーションの対価ではない。リーグ側は入場客数、売り上げと関係なく一定の収入を得ている。それが特殊ということではなく、企業スポーツにおいては標準の形態だ。

改革の一手目はリーグの法人化

 ハンドボール界は協会とリーグの常勤スタッフを合計すると、事務員も含めても6〜7名という規模。チケットやスポンサーのセールス、演出といったところまで手が回る規模ではない。リーグの運営は参加企業に所属するリーグ委員によって、手弁当で行われている。ハンドボール界が中長期的に攻めのアクションに出るとしても、まずは足元を固める必要がある。そんな状況の中、村林がリーグ委員長として着手している一手目は、リーグの法人化だ。彼はその必要性をこう説明する。

「法人化のメリットは二つあります。一つは自立。自立とは自らの責任において自らの判断をすることです。もう一つは一般社団法人として、所属メンバーが法人の責任を持つようになること。Jリーグなら実行委員会の一人ひとりが、チーム一つひとつが責任を持ちます。でも今のハンドボール界ではリーグがすべての判断をして、所属チームに指示をする形。リーグ委員も会社に帰ると経営者の立場にはない」

 村林は法人化の時期については明言を避けたが、「2020年に間に合わせたい。20年では遅いし、19年でも遅いという感覚がある」と述べる。

 JリーグやBリーグは社団法人として運営されており、所属チームにも法人化を義務付けている。一方で企業スポーツは会社の末端にあって、決裁権を自前で持てないところが弱み。

 ただしリーグが法人化をしたとしても、所属チームの独立法人化まで要求する考えはないという。また、すでに男子は9チーム中1チーム、女子は来季から加わる2チームも含めれば「9分の5」がクラブチームだ。相応の優良企業は参画しているが、他競技に比べると大企業が少ない。目下の経済情勢を見れば、企業頼みの傾向を強めることは難しい。そんな中で村林は「クラブチームと企業チームが共存できる仕組みを作ることも僕の役割」とも述べる。

 育成年代でも部活が衰退している中で、各地で中学生年代のクラブチームを作る動きが広まってきているという。村林は「こうした動きをリーグ、各チームが支援できる」とも言う。

 村林が手掛けているのはスポーツビジネスの発展という段階でなく、もっと基礎的な部分の整備だ。言い換えるとハンドボールという競技がまず自立する、生き残るための筋道をつけること。開催国として出場する東京五輪は大イベントだが、ハンドボール界の終着点ではない。彼はこう説く。

「東京五輪が終わったら補助金も減る。スポーツに対する注目度が落ちるかもしれない。でも20年までにいろいろな準備ができれば、ハンドボールはいけると思う。スポンサー、中継という部分(の収入)を20年までに確保することが僕の使命。そのためにはハンドボールリーグの価値を高めておかないと買ってもらえない」

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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