地味な五輪競技「ハンドボール」に変化 Jリーグ流で改革の第一歩を踏み出す
求められる「見るスポーツ」の自覚
トヨタ車体の笠原(2番)は、現役選手ながら小学校で巡回指導にあたるなど積極的な活動を行っている 【写真提供:日本ハンドボールリーグ機構】
村林は「私は企業スポーツが大好きです。企業チームが悪いなんてことは絶対に言いません。彼らのおかげで成り立っているし、まだできることがたくさんあると思っています」とも言う。企業はリーグの運営における重要なパートナーで、選手の仕事も含めたキャリアを考えれば心強い存在だ。分担金や強化費、果ては代表チームに参加する選手の交通費まで企業が負担しているという現実もある。しかし「見るスポーツ」としての魅力を高め、お金を払って観戦するファンを増やすことは、ハンドボール界の自立を図る上で欠かせない。
「社員以外にもお金を払っている人がいるという前提で物事を考えたい。選手たちに対しても、もっといろいろな人に見られたいでしょう? 応援してもらいたいでしょう? という方向に変えていきたい」
もちろん現在のハンドボール協会、リーグに大きな予算があるわけではない。非現実的な理想を、立場のある人間が軽々しく口にすることは無責任だろう。村林もそこは抑制的で、まず「今はお金をかけなくてもできることを、きちんとやろうということです」と述べる。
選手の姿勢、情熱についてはむしろポジティブだ。村林は何人かの選手の名を挙げて、ファンへの“神対応”を絶賛する。「トヨタ車体の笠原謙哉と藤本純季は、いつでも試合終了後にずっとサインをしています。高智海吏も一人残って1時間以上もサインをしていた。誰かがコントロールするのでなく、選手が自主的にやっている。笠原くんは3月5日の(ホーム最終戦の)前に1か月間くらい、地元の小学校をずっと回っていました」。
村林はこう続ける。「彼らは十分に意識改革ができている。子供たちにハンドボールを見てもらいたい、してもらいたいという気持ちに満ち溢れている。だから彼らをもっとサポートしたいし、みんなが彼らを見習うようにしていきたい」。
クラブチームと企業チームの共存へ
来季は女子リーグに2チームが新しく参入する。「大阪ラヴィッツ」はクラブチーム。村林は「大都市のチームが、リーグの発展のために抜けていた部分」という側面からも期待を口にする。富山県に本拠を置く「アランマーレ」は企業チームだが、事業部として収支を考えて運営するクラブに近いスタイルだ。
見るスポーツ化という部分で村林にはアイデアがある。「ほとんどのチームはファンがみんなで歌う応援歌がない。それを作ろうとこれから提案します。希望するならば全チームの歌を作る準備もしている。佐賀の雰囲気、三重の雰囲気と、アリーナの雰囲気を作りたい。それができると、社員も地域の人たちも来たがるようになる」。
村林は「行くたびに応援団長と必ず話をしています。彼らが集客のためには本当に大事な人」とも言う。ハンドボールの「見るスポーツ化」を図るなら、現場以外との連携も必要だ。
ハンドボールが秘める可能性
村林の下「見るスポーツ化」を図り、生き残りと自立を成し遂げることができるか 【写真提供:日本ハンドボールリーグ機構】
世界最高峰のハンドボールを観戦する体験は、他競技の関係者にとっても発見を得るチャンスだ。そもそもこの競技の魅力、競技性が日本に根付けば、他競技にもポジティブな影響を与える可能性が高い。村林もこう言う。
「日本リーグのある監督は『サッカー選手はハンドボールの練習をした方がいい』と言うんです。ハンドボールは狭いスペースに入り込むための横の動き、縦の動きと、ステップを徹底的にやります。あれを覚えたら、すごく有効ですよと言っていました」
またハンドボールはシュートの本数が多くて成功率も高く、ゴールキーパーが主役になる種目だ。近距離のシュートを止める技術は、おそらくサッカー以上だろう。実際にサッカーの世界ではピーター・シュマイケル(元デンマーク代表)、マヌエル・ノイアー(ドイツ代表)などハンドボールのゴールキーパーを経験したり模範とする名キーパーが生まれている。さまざまなスポーツのカルチャーが有機的につながり、日本スポーツの「生態系」が豊かになるという意味でも、ハンドボール界の発展は意味がある。
ただし、その前提はハンドボール界の生き残りと自立。それは村林がリーグの法人化に動き、見るスポーツ化に向けた地道な取り組みを進める理由だ。選手の健気な奮闘やハンドボールの街の活気といった「芽」を、花として果実として全国にどう広げるか――。その下地作りが、彼の進めるべき仕事になる。