チームに溶け込む酒井宏樹、鍵は適応力 名門・マルセイユでの挑戦<後編>

木村かや子

チームに溶け込んでいる酒井。ロランド・フォンセカ(右)ら守備の選手たちと一緒にいることが多いという 【木村かや子】

 海外に移籍する日本人選手にとって、適応しなければならないのはサッカーだけではない。コミュニケーションや食事、異文化への理解など、ピッチ外でも多くの問題が存在する。欧州で5シーズン目を迎えている酒井宏樹の話に耳を傾けていると、ピッチ外の環境への適応がいかに重要なのかを感じさせられる。

 2016年夏に決断したマルセイユへの移籍について、「気持ちの準備はできていた」と語る酒井の言葉には、フランスの名門クラブでプレーする「誇り」と、欧州で戦い続ける「覚悟」が詰まっていた(取材日:2016年12月7日)。

特に一緒にいるのは守備の仲間

――よく仲間にからかわれたり、チームにうまく溶け込んでいるように見えます。仲のいいチームメートはできましたか?

 基本的に皆がすごく話し掛けてきてくれます。特に一緒にいるのはトーマス(・フボチャン)、ロランド(・フォンセカ)、ドリア(マテウス・ドリア・マセド)とか、守備の仲間ですが、フロ(フロリアン・トーバン)とかマックス(マキシム・ロペス)なども、何かあったらすぐ言えよと言ってくれます。

 やはり意思疎通ができないと面白くないので、もちろん自分から話すよう努力もしていますが、結構ひとりも好きなので、今はすごくいい距離感ですね。ジムとかはひとりですぐ行きますし、練習後もほとんど最後まで残っているので、最初に行って最後に帰るという感じです。

 ピッチの中や(練習が)終わった後に飯を食うときも皆、話し掛けてくれますし、話も聞いてくれるから、すごくいい感じで(コミュニケーションが)できています。トレーニングするときはちゃんとトレーニングし、話すときは話せるから、ストレスはほとんどないですね。

試合中は、フランス語での指示にチャレンジ

仲間とのコミュニケーションは英語を使っているが、試合中の指示はフランス語でチャレンジしている 【木村かや子】

――仲間とのコミュニケーションは英語ですか?

 フランス語は勉強していますけれど、まだ話せないので、今は英語です。クラブが教師をつけてくれているので、個人レッスンを受けています。週に2回くらいですかね。英語で説明できる家庭教師にフランス語を教えてもらっているんです。英語も――まあ問題なく話せますけれど、もっとうまくなりたいので一石二鳥でしょう。僕、日本人の先生はダメなんです。なんか恥ずかしくて(笑)。だから英語−フランス語を選択しました。

 それから、僕はあまり新聞の採点を見るほうではないんですが、たまに自分について何て書いてあるのか辞書で調べて、フランス語を勉強しています。悪いことが書いてあると、奥さんにからかわれますけど(笑)。とにかく言語はそう苦手ではないですし、(ハノーファー在籍時に)ドイツ語も同じように覚えてきたので、しっかりコミュニケーションを取れるように、できるだけ早くフランス語を覚えたいなと思っています。

――今、試合中の指示などは……。

 試合中は、フランス語でチャレンジしています。「右、左、行け!」とか、その程度のことは分かるので。でもハーフタイムに細かいニュアンスで話し合いたいときには、英語でやっています。

――先ほど、練習に最初に来て最後に帰ると言っていましたが、追加練習をしているのですか?

 いえ、早く来て最初にしっかりストレッチをして、準備運動をして練習に向かい、そのあとマッサージをしたりという、普通のことです。それが毎日のルーティーンなので。この日はやるけれどこの日はやらない、というのは許せない性質なんですよ。サッカー選手でいる間は、ベストコンディションでやりたいし、特にこのクラブでプレーしていることは人生の誇りですから、自分としては100%で臨みたい。だから奥さんやいろいろな人に協力してもらい、そのおかげで自分はプレーできている。その分、毎試合毎試合、いいプレーをしなければいけないと思っています。

欧州に来て鍛えられた気持ちの強さ

――自分の性格をどのように見ていますか? 以前、「引きずらないのがいいところ」と言っていましたが。

 以前はくよくよするタイプでしたよ。すごく引きずるタイプで、ユースの時は、1回監督に怒られたら、次の日やその後までずっと引きずっていました。でも幸いなことに、ドイツで残留争いをしたり、サッカーが根強い欧州の文化の中で長いことプレーして、本当にプレッシャーのかかる試合を多くやらせてもらってきたおかげで、その部分が鍛えられたと思います。

――今、欧州の難しい環境で、割とうまくスイッチを切り替えてプレーしているように見えます。

 やはり欧州での1〜2年目は難しかったですね。これだけサッカー熱のある環境でやっていくのは容易ではないですが、それにも慣れました。今回の移籍に関しては、いろいろな覚悟を持っていたので、気持ちの準備はできていました。

 マルセイユはサポーターの要求がすごい(高い)というのは前々から聞いていて、実際もっとすごいのを想像していたほどです。自分が悪いプレーをすれば大きなプレッシャーがかかると分かっているから、そういう事態にならないようにと、自分に言い聞かせて試合に入り、そうすれば自分にいい意味でのプレッシャーがかかる。そのあたりはいつも心掛けています。

――冒頭で言ったように覚悟ができていたと。

 やはり準備できていたのは大きいと思います。もちろん、ハノーファーでの4年間で培ったもののおかげでもあります。心の準備と頭の準備と、試合に臨む準備……。ドイツもフランスも、欧州のサッカーは本当に1試合で人生が狂ってしまうような舞台ですからね。

――以前は気にするタイプだったが、今は経験によって鍛えられ、切り替えられるようになったと。

 切り替えなければいけない、と考えられるようになりました。もちろんミスをするスポーツなので、自分のミスのせいで負けたとなれば、今でもその日はずっとへこんでいます。でも、その次の日にはもう切り替えないと、もう3日後には試合ですから。それを引きずったまま試合をして、そのせいでまた悪いプレーをしたら、まったく意味がない。すぐ次の試合に目を向けて、「挽回できるチャンスが来た」というふうに思わないと、続けていけないと思いましたね。

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著者プロフィール

東京生まれ、湘南育ち、南仏在住。1986年、フェリス女学院大学国文科卒業後、雑誌社でスポーツ専門の取材記者として働き始め、95年にオーストラリア・シドニー支局に赴任。この年から、毎夏はるばるイタリアやイングランドに出向き、オーストラリア仕込みのイタリア語とオージー英語を使って、サッカー選手のインタビューを始める。遠方から欧州サッカーを担当し続けた後、2003年に同社ヨーロッパ通信員となり、文学以外でフランスに興味がなかったもののフランスへ。2022-23シーズンから2年はモナコ、スタッド・ランスの試合を毎週現地で取材している。

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