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桑田真澄が語るイチロー
「一番に評価すべきは記録ではない」

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直接会話する機会は少なかった桑田とイチロー。二人の“無言の会話”に迫る
直接会話する機会は少なかった桑田とイチロー。二人の“無言の会話”に迫る【岡田真理】

 1994年、巨人のエースとしてチームを日本一に導いた桑田真澄と、210本のヒットで最多安打の日本記録を更新したイチロー。ともにリーグを代表する選手だった二人が初めて顔を合わせたのは、その年のオフのことだった。それから22年間、桑田はイチローのある部分をずっと見つめてきた。日本での対戦やメジャーリーグで三振を奪ったシーン、お互いの野球観、人生観、そして未来――。親交のない二人の間で交わされてきた“無言の会話”について、桑田に話を聞いた。

全盛期の自分で勝負したかった

――桑田さんがイチロー選手と最初に会ったのはいつでしたか?


 94年のセ・リーグMVPが僕で、パ・リーグがイチロー君だったんですが、その表彰式で初めて会いました。小さくて細いイメージがあったけど、実際に会ってみると背が高くてしっかりした体格だなと。


 その数年前、僕や清原(和博)がプロに入った時に、僕らは「新人類」とか「変わった奴らだ」とか言われていたんですけど、振り子打法や奇抜なファッションで話題になっていた彼こそ「新人類」という感じでしたね。


――その年、イチロー選手はシーズン最多安打の日本記録を更新しましたが、それについてはどんな印象を抱いていましたか?


 そういった良い成績を継続することがいかに難しいか僕は知っていたので、1年で終わらず次の年も頑張ってほしいなと思っていました。3年続いたら本物だし、できれば10年続けてほしいなと。当時は交流戦もなくてチャンスは少なかったですけど、対戦する機会があったらいいなと思っていましたね。


――イチロー選手と初めて対戦したのは95年3月11日のオープン戦でしたが、この時のことは覚えていますか?

岡田真理
1978年、静岡県生まれ。立教大学文学部卒業。プロアスリートのマネージャーを経てフリーライターに。『週刊ベースボール』『読む野球』『現代ビジネス』『パ・リーグ インサイト』などでアスリートのインタビュー記事やスポーツ関連のコラムを執筆。2014年にNPO法人ベースボール・レジェンド・ファウンデーションを設立し、プロ野球選手や球団の慈善活動をサポートしている。

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