父子鷹レーサーが活躍するF1界、アレジ親子が語る2世のメリットとは?

田口浩次

「学校生活で学ぶことも重要」

2世ドライバーのメリットについて語るジャン・アレジ 【WIN Photographic/佐藤正勝】

──アレジさん、あなたがジュニアカテゴリーを戦っていた80年代後半は、F3からF3000にステップアップし、F1のシートを目指すことがトレンドでした。その次に、F3からワールドシリーズ・バイ・ルノー(98〜04年はワールドシリーズ・バイ・ニッサン)やGP2へステップアップしてF1を目指すことがトレンドになりました。では、現在のステップアップカテゴリーのトレンドは何なのでしょうか?

アレジ:僕はそうした時代の変化をトレンドとは言わないと思う。それはF1という道へもっとも合う状況やルールを作り上げたカテゴリーが必然的に選ばれていたのだと。重要なのはトレンドじゃない。僕の時代はかなり古い話となってしまうけれど、まずドライバーに必要だったのは、ドライバーライセンス。つまり、中高生の段階でレースをすることはありえない状況だった。でも、現在は16歳からフォーミュラレースを戦うことができる。果たしてそれは良いことなのだろうか? ある種、レースは駄目な方向にも向かっているようで、僕は心配だ。なぜなら、人間として10歳から15歳くらいまでは、とても重要な時期だ。多くを学び舎で学び、学校生活を通じて人との関係を築き上げていく。

 でも、現在のレースで戦っていくためには、こうした多感で重要な時期に、レース活動をしなくてはならず、普通の子供としての学校生活を送ることは不可能だ。なにしろ、現在のカートレースではみんな7〜8歳からどっぷりレースの世界だけに時間を費やしている。それこそ、現在のイタリアの現状なのだけれども、平日にカートコースへ行くと、大体50人くらいのキッズカーターが一日中そこで走って時間を費やしている。もちろん学校なんて行っていない。ただただカートで走っているんだ。これは間違いだと思わないかい?

 しかし、そこにいるすべての大人がそれが当たり前だと思って子供にカートをさせている。彼らの意見はこうだ。「もし、ここで息子を走らせなかったら、その分の時間を誰かが走って経験を積むだろう。そして、自分たちの息子はチャンスを失ってしまう」と。この大人たちの意見をひっくり返すことは本当に大変だ。彼らは彼らなりの信念があるからね。

 そして、僕が下した決断は、とにかくジュリアーノにカートをさせないことだった。彼がカートを始めたのは13歳だ。もちろん、カートレース時代でしか得られない経験もあるので、そこをスキップさせることはできない。だから、ギリギリまで待ったんだ。普通の子供としての経験を積ませ、レース経験は必要だけど、余計にカートばかりに時間を費やさないギリギリのタイミングまでね。13歳からのカートスタートと聞くと、彼も自分は遅すぎたんじゃないかと心配になる。それはそうだよね、同年代はすでにトップカーターばかりだ。だから当時僕は息子にこう言った。「心配しなくていい。たしかに、周囲のドライバーは4〜5年は長くカート経験はある。でも経験で必要なのは、オーバーテイクするタイミングをつかむことであったり、予選時に集中力を継続させる方法といった具合に、走らなければ積めない経験だけだ。タイムを刻むために必要な要素や、ドライビングの考え方など、速く走るために必要なことはすべて僕が教える。結果を出すことに必要な要素と、経験を積むために必要な時間は、比例しない。だから、安心してカートを楽しむんだよ」とね。

 重要なのはカートじゃない。その先にF4や今回のGP3といったステップアップした段階で、良いチームを見極め、そのシートを獲得すること。さらに良いエンジニアと組んで、タイヤの使い方やレース戦略を学ぶこと。日本もそうだと思うけれど、イタリアやドイツでは良いチームのシートを獲得すれば、結果はついてくる。昨年のジュリアーノは始めて挑戦したフランスF4で、3勝といくつかのミスを経験した。すごく良い一年だった。彼は勝利ばかりでなく、失敗も経験した。重要なのは、失敗したことを繰り返さなかったこと。そこに僕はジュリアーノは次のステップにアップするだけの準備ができたと感じたんだ。そして、今年はGP3へ挑戦させることにした。

 なぜGP3が重要なのか、それはF4以下のカテゴリーとそれ以上のカテゴリーではタイヤの使い方がまるで違うからだ。この先のF1まで見据えると、新しいタイヤの使い方を学ぶことはとても重要だ。GP3はピレリタイヤを採用している。現在のF1と同じ哲学で設計されたタイヤだ。このタイヤを学ぶことは、現在のF1の基礎を学ぶことにもなる。さらに多くの競争相手がいて、テスト走行の機会にも恵まれている。GP3というのは、とても重要なカテゴリーだと思うよ」

──いまも父親のコメントにありましたが、13歳でのカートスタートには自分自身で「人より遅れてスタートした」と心配になることはありましたか?

ジュリアーノ:そうですね、心配やプレッシャーがなかったかといえば……嘘になりますね。とくにカートでの初レースはよく覚えています。自分はレースを戦っているのに、レースに集中できていない。ドライビングに集中していないんですよ。たぶん、それは走っている最中にも、当然ながら多くの失敗をするわけですが、失敗にばかり気を取られてしまっていたんですね。失敗したスタート、失敗したコーナリング、失敗した仕掛け、もう何からなにまで、終わったことにとらわれてしまっていました。それが僕の初レースです。

 それから、いくつかのレースを経験し、そうしたミスが無くなるごとにレースに集中していく自分がいました。カートレースの2年目はカートに乗っていない時間も、頭の中で何度もレースをシミュレーションしていました。いろいろな仕掛けをして、それが頭のなかで成功したり失敗したりと、いろいろと試していました。さらにはF4でもレースを戦っている自分をシミュレーションしていました。正直、そういう頭のなかでのレースシミュレーションにストレスに感じることもありましたが、それが実際のレースで結果につながると、そうしたストレスは一気に軽減されました。レースが楽しくなり、もっともっと厳しい戦いに挑戦したい、もっともっとギリギリのレースを競い合いたいと思うようになりました。

「日本はレースにおいてとても重要な国」

──じつは中嶋悟さんと関谷正徳さんにもインタビューをしたんです。彼らは日本のトップドライバーであると同時に、現在ホンダとトヨタそれぞれのレースアカデミーの校長です。そこで、アカデミーの意義を聞いたところ、関谷さんは、「余計な回り道とお金を使わないことがひとつある」と答えられました。まさにアレジさんも語られた「余計な回り道をしないための手段である」と。実際、ジュリアーノ君はフェラーリアカデミーに選抜されました。彼は今後どのようなメリットを得られるとお考えですか?
アレジ:まず日本はレースにおいてとても重要な国であることを、このインタビューを読む人には知っていただきたい。そして、ホンダとトヨタそれぞれのアカデミーの意義、それはそれぞれの校長である中嶋さん、関谷さんが元トップドライバーであり、正しい方向をしっかりと示してくれること。僕はさっき、ジュリアーノの有利な点として、「僕のレース経験を存分に彼に教えることができること」や、「必要な経験を選択して時間を短縮できることだ」と言った。これは僕が元F1ドライバーで、その家族であるジュリアーノが得られる最大の利益であり、きっと他の現在活躍している2世ドライバーも同じだろう。

 当然、そうしたドライバーと、普通の家庭に育ったドライバーとでは差がある。だが、アカデミーで学ぶことで、そうした家庭環境の差を埋めることができる。まだレースの世界や自動車の世界に父兄がいるならまだしも、まったく無関係の世界で生活し、子供がたまたまレースに興味を持って、挑戦させている家庭も多い。だからこそアカデミーはとても重要だ。

 それに、僕のように元F1ドライバーという恵まれた経験の持ち主であっても、僕はジュリアーノがフェラーリアカデミーに選抜されたことを心からうれしく思っている。アカデミーに入ったほうが、より周囲から注目され、その才能を見極めようと、多くの重要な人たちが実際にジュリアーノを見てくれるからね。しかも、元F1ドライバー、ジャン・アレジの息子ではなく、将来、うちのドライバーとして起用したくなる才能かどうかを見極めている。さらに、今回ジュリアーノが選抜されたフェラーリアカデミーは実際にレースにおいてもドライバーを成長させているし、そこではトップチームでなければ経験できないものが学べるはずだ。

 例えば、彼らは最新のF1シミュレーターを持ち、そうした最先端機材で経験が積める。さらにメンタルトレーニングやフィジカルトレーニングも最先端なものを導入している。僕自身はF1ビジネスの多くを実際に学んだが、そのほとんどはドライバービジネスだ。でも、レースビジネスはもっと幅広くて、そうした部分もあることを、講師や周囲の人々の関係からもアカデミーでは学ぶことができる。何一つ無駄がない。

──父親のジャン・アレジさんは、このように言っています。では、実際にフェラーリアカデミーに選ばれたジュリアーノさんは、このアカデミーにどのような期待を持っていますか?

ジュリアーノ:まず、フェラーリアカデミーに選ばれたことを本当に光栄に感じています。なによりフェラーリは歴史があり、誰もがフェラーリを見てレースに憧れてきました。そして、フェラーリのすごさは誰よりも父親から聞いてきました。そして、実際にマラネロ(イタリア)を訪れ、初めてフェラーリの施設を見学したとき、「ここで成長できなければ、自分には才能がない」と思いました。

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