子どもの運動、毎日合計60分以上を推奨。習慣化させる6つの要素とは?

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心身ともに成長の過程にある子どもにとって運動を習慣化することは、自分の感情や行動をコントロールして、他者と良い関係を結ぶという心理社会的効果の観点からも極めて重要だ。しかし、昨今では子どもの体力低下、運動不足の方が社会的課題になっている。心理社会的効果を生み出すことで注目を集めているのが、運動の習慣化に心理学的にアプローチする“プレイフルネス”という考え方。その取り組みを進めている順天堂大学スポーツ健康医科学研究所教授の竹中晃二氏に、プレイフルネスとはどういう概念なのかについてお話を伺った。

まずは1日に総計60分、体を動かすことを目標に

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竹中氏が、子どもの運動の習慣化について取り組んだのは、今から10年程前のことだという。現代の子どもたちは、さまざまな問題を抱えていたからだ。

たとえば、

身体的な問題:体を動かす意欲が低下していて疲れやすく、じっと立っていられず、すぐに座りたがる。好奇心がなく、集中力が持続しない。

精神的な問題:気が散りやすく、無理と思ったらすぐに諦めてしまう。辛抱がない。

食事の問題:美味しいものが周囲にたくさんあるので、何を食べても美味しいと感じない。同じものばかり食べて満足している。

社会性の問題:空気が読めず、人との距離感が掴みにくい。


竹中氏らは、これらの問題を解決するひとつの手段として運動に着目し、体を動かすことを厭わない子どもを育てる“アクティブ・チャイルド 60 min.”という子どもの身体活動ガイドラインを発表した。

「運動の習慣化はなぜ重要かというと、病気にならないため、体力をつけるため、スポーツができるようになるため、勉強にうちこめるようになるためなどと、みんな○○のためという目標・目的指向になりがちです。しかし、それよりも大切なことは、運動を継続させること。継続できなければ成果は生まれないからです」(竹中晃二氏、以下同)

現代のように、さまざまな動画をはじめとするメディアや、ゲームといったエンターテインメントなど、興味を惹かれるものが無数にある時代では、運動に割かれる時間が制限・妨害されるのはある意味仕方ないことだ。制限するのではなく、それらと運動を共存させていく、同時に行える環境を、学校と家庭、地域と連携しながら作っていくことが大事だと竹中氏は考え、前出のガイドラインを作っていったのだそうだ。

「“アクティブ・チャイルド 60 min.”というのは、体力をつけるため、減量するためといった目的指向ではなく、とにかく活動レベルを高めることに焦点を当てています。どんなことでもよいので、1日に総計60分以上体を動かすことを目指す。極端なことを言えば、私たちは体を動かさなくても日常生活を送ることはできるのですが、あえて運動にチャレンジしたいと子どもに思わせることは、それ自体が楽しい、面白いと思えるような時間になることが大事なのです」

ポイントは、

・誰でもどこでもできる
・友達と一緒にできて楽しい
・競争しないで、人と比べられなくてもいい
・かっこいい
・イケてる


“アクティブ・チャイルド 60 min.”は、以上のポイントを押さえた身体活動の実践を特に強調して推奨した。

【『アクティブ・チャイルド 60min.―子どもの身体活動ガイドライン』(監修:財団法人日本体育協会、編集:竹中晃二)より】

「要は、学校での体育の授業やクラブ、スポーツだけが運動することではないんだよということを子どもたちには知ってもらいたいと思います。たとえば、体を動かすことは「かっこいい」と思えるようなこと。どこかに行くのに、自動車で送ってもらわなくても友達と歩いて行くよと言うのが「かっこいい」。部屋の掃除、庭を綺麗にするのが「かっこいい」。エスカレーターではなく階段でさっと上がるのが「かっこいい」。電車で他のお客さんに席を譲ってあげるのが「かっこいい」。そんな風に、身近なところでも体を動かす機会はいろいろ見つけられるのだということがわかれば、1日に60分という時間はそれほど難しいことではないのです」

目的重視ではなく、プレイをプレイとして楽しむのが“プレイフルネス”

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とはいえ「運動すれば、このようなよいことがある」と言われても、体を動かすのが得意ならともかく、苦手だったりそれに割く時間がなかったりすれば、モチベーションは上がらず、習慣化しないのは当然だろう。そこで、是非とも知っておきたいのが“プレイフルネス”という考え方だ。“プレイ(play)”とは、ゲームやスポーツ、演劇などあらゆる場面・状況での活動を意味する言葉で、“プレイフルネス”とは、その様々な“プレイ”が“プレイ”として成り立つために、“プレイ”自体をより楽しく面白い状況に変える、そのような環境を作り出す能力を意味する。たとえば運動に関してなら、“何かのために運動する”のではなく、運動を行うこと自体に価値を置く考え方だ。

「私が“プレイフルネス”という考え方に出会ったのは、震災がきっかけです。被害に遭い、トラウマに陥って元気のなくなった子どものメンタルを改善するにはどうしたらよいのか、トラウマ解消の文献で調べるうちに知りました。スポーツ技能の獲得や体力増強、肥満予防といった目的を念頭に置くのではなく、その運動遊び自体を楽しむ、心から面白いと思いながら体を動かす。すると、メンタルヘルスが改善され、何かをしよういう意欲が生まれ、社会性が強化されるようになるのです」

さまざまな運動・活動に“プレイフルネス”を満たす要素は6つある。最初の2つは、没頭/自己決定だ。

【作成:パラサポWEB編集部】

「目的だとか、どうなりたいなどといった余計なことを考えずに没頭できること。そして、人に言われてしょうがないからやっている感を持たない、つまり自分の意志で行っているという自己決定ができること。これに関してはある指導者から聞いた面白い話があります。子どもを遊ばせて、休憩時間になったので休ませる。すると、それまで楽しそうにしていたある子どもが“先生、じゃあ遊んできていい?”と聞いてきたと言うのです。楽しそうに遊んでいるように見えても、その子どもにとっては自分で決めた行動、“自己決定”ではなかったということですね」

そして、次の4つは有能感/ルール遵守/社会的関与/楽しさ。自分が上手に動けるようになった、自信がついてきたという感覚・経験(有能感)が生まれなければ継続は難しい。また、他者とうまく遊ぶためのルールを守る(ルール遵守)ことによって他者への思いやり、協調性が育ち、友達や保護者との有効な関係作り(社会的関与)を学ぶことができる。もちろん、その運動自体の楽しさが重要であることは言うまでもない。

大事なのは大人がまず見本を示し、一緒に体を動かすこと

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このプレイフルネスの6つの要素を満たすように体を動かす場所・機会を子どもに用意すれば、動くこと自体が楽しいので、誰かからやらされている感覚になることなく、有能感も味わえ、社会性が身について、結果的には体を動かすことが習慣化する。つまり、本来の目的をいつの間にか達成できるのだ。

「プレイフルネスの要素を満たした運動をすると、今の子どもに不足している自立心、意欲、社会性、ストレスからの回復力が身につきます。それを実現するために指導者に必要なことは、まず視覚・聴覚を刺激して期待感を持たせるような導入を工夫すること。そして、プレイフルネスの要素を意識しながら取り組んで行く。その際には、環境を整えることも重要ですし、保護者の関わりも欠かすことができません。そして最終的には波及効果として次回への期待感や体を動かすことへの興味・関心が大きくなって、ライフスタイルも変わっていきます」

ただ、冒頭にも述べたように、運動の習慣化にはゲームなどのように妨害するエンターテインメント性が高く子どもを魅了する障壁が多々ある。竹中氏はそれらを制限するのではなく、同時並行で行える環境作りが重要だと言う。そのために周囲の親など大人ができることはあるのだろうか?

「メディア、エンターテインメントに依存しているのは子どもだけではなく、大人も同様です。スマホばかりいじっていて子どもには“運動しなさい”と言ったって子どもが動くわけがない。ですから大人も一緒に公園にいってキャッチボールをしてみるとか、縄跳びを買って一緒に跳んでみるなど、一緒に体を動かす。何も大げさなことでなくていいんです。大人自身がやってみようかなという気持ちを持つことが子どもにも大きな影響を与えることになります」

大人(保護者)が念頭に置くと良いことを、竹中氏は以下の4点にまとめている。

・保護者からの励まし:体を動かすことを応援し、励まし、褒める
・保護者の関与:一緒に体を動かす
・保護者からの促進支援:送迎したり、道具を提供する
・保護者のロールモデリング:子どもの前で手本を示す


このポイントを押さえれば、子どもの“プレイフルネス”を進めることにより、大人自身も健康で健全な日々を獲得できそうだ。

“健康のために運動しなければ……”とは、筆者も含めて周囲の大人たちもよく口にする言葉だ。しなければの後には、“わかってはいるのだけれど、なかなかできない”と言い訳も出てくる。子どもだけではなく、大人も○○のためにといった目的指向に陥っているからかもしれないと考えさせられた。子どもだけではなく大人も、プレイフルネスを意識しながら体を動かし、心身ともに健康を獲得したい。

PROFILE 竹中晃二
順天堂大学スポーツ健康医科学研究所 客員教授、早稲田大学名誉教授
1952年生まれ。早稲田大学教育学部卒業、ボストン大学大学院修士・博士課程修了。専門は健康心理学、応用健康科学。2023年9月にはNPO法人健康心理教育実践センターの理事長に就任。一般市民に対して、健康心理に関する知識の普及と健康の向上に努めるとともに、健康心理学の専門家の養成を行い、市民の健康増進と健全な人間形成に寄与する活動を行っている。著書に『ストレスマネジメント―「これまで」と「これから」―』『アクティブ・ライフスタイルの構築―身体活動・運動の行動変容研究―』など多数。最新刊は『ヤング中高年 人生100年時代のメンタルヘルス』(集英社新書)。

text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)
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※本記事はパラサポWEBに2025年1月に掲載されたものです。
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著者プロフィール

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