”悲運の街”の歴史を変えたレブロン 杉浦大介のNBAダイアリー キャブズ編

杉浦大介

根深い地元チームとファンの一体感

Tシャツに書かれた”クリーブランド対世界”という文字。この街のメンタリティーを象徴しているように思える 【杉浦大介】

 地元チームとファンの一体感はアメリカンスポーツの醍醐味(だいごみ)の1つだが、筆者の知る限り、クリーブランドほどそれが根深い街は少ない。アリーナがダウンタウンにあるという土地柄もあって、ゲームデーには街がキャブズ一色になる。
 
 ファイナルの期間中に売り出されていた「クリーブランド対世界(Cleveland against the world)」というTシャツも印象深い。そんな大げさなフレーズこそが、”アンダードッグ役”が染み付いた街のメンタリティーを象徴しているように思えたのだ。

 昨年のファイナルではウォリアーズに2勝4敗で敗れたキャブズは、今回のファイナルでも絶対不利と目されていた。1勝3敗の後に2連勝を飾っても、最後は2年連続MVPのステフィン・カリーを擁するウォリアーズに押し切られてしまうと誰もが思った。これまでもずっとそうだった。そんな悲運の街の歴史に敢然と挑んだ救世主こそが、レブロン・ジェームズだったのである。

 92−89で迎えた最終クォーターも残り10.6秒。ここでレブロンが2本のフリースローの内の1本目を外したことは、実にクリーブランドらしいと言えたのかもしれない。1本でも決めれば2ポゼッションゲームとなり、勝負は決まったも同然だった。ところがレブロンは1投目を失敗し、キャブズファンは再び青ざめた。両チームとその支持者たちの希望と絶望が交錯したこの瞬間のアリーナの雰囲気は言葉に表現しがたい。しかし、続く2投目はレブロンが慎重に決め、死闘はようやく終わった。

「僕はこの瞬間のために戻ってきた」

このファイナルでレブロンが見せた鬼神のパフォーマンスは、永遠に語り継がれていくに違いない 【杉浦大介】

 敵地で93−89の勝利を挙げたキャブズは、創設46年目にして初優勝を果たした。大本命を相手に奇跡の3連勝を成し遂げ、精魂尽き果てたレブロンは、アリーナに突っ伏し、混乱の中で歓喜の涙を流した。

「みんな僕たちが負けると思っていた。僕はこの瞬間のために(クリーブランドに)戻ってきたんだ……。でも、今はとても現実とは思えない」
 
 信じられない思いは、第5戦以降のレブロンのプレーを見たバスケットボールファンも同じだっただろう。第5、6戦では2戦連続41得点を挙げ、続く第7戦では27得点、11アシスト、11リバウンドのトリプルダブルを達成。その鬼神のパフォーマンスは永遠に語り継がれていくはずだ。

「自分も泣いていたから、(レブロンが泣き崩れた)その場面を見ていないんだ。多くの感情が溢れ出てきた。レブロンにとっては特別なことで、彼はそれに値する。彼は常にトップを走り続けているんだ。2回の優勝を成し遂げたマイアミから、このクリーブランドに優勝をもたらすためだけに戻ってきた。そして、それを成し遂げたんだ」

 タロン・ルーHC(ヘッドコーチ)がそう述べたが、試合後のアリーナで涙にくれていたのはレブロンとコーチだけではなかった。こらえきれずに感情的になった人は、クリーブランドの街にも少なくなかったことだろう。

 地元ファンとご当地ヒーローが主役になり、紡ぎあげられた“フェアリーテイル”の結末。クリーブランドの人々は、第7戦、そしてパレードの日に自分がどこで何をしていたかを忘れることはない。そして、これから先に何があろうと、オハイオ出身のヒーローであるレブロンを、永遠に“チャンピオン”と呼ぶ権利をプレゼントされたのである。

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著者プロフィール

東京都生まれ。日本で大学卒業と同時に渡米し、ニューヨークでフリーライターに。現在はボクシング、MLB、NBA、NFLなどを題材に執筆活動中。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボール・マガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞・電子版』など、雑誌やホームページに寄稿している。2014年10月20日に「日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価」(KKベストセラーズ)を上梓。Twitterは(http://twitter.com/daisukesugiura)

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