メソッドと必勝との葛藤の果てに 岡田武史(FC今治オーナー)インタビュー<後編>

宇都宮徹壱

インタビューに応じる岡田オーナー。地域決勝が終わってからも多忙な日々が続いている 【宇都宮徹壱】

 FC今治の今季の戦いについて、岡田武史オーナーに振り返ってもらうインタビュー。後編では、今年の最大のミッションであった「JFL昇格」が果たされなかった理由について、その核心部分に切り込んでいく。四国リーグで優勝した今治は、全国の地域リーグの優勝チームと全社(全国社会人サッカー選手権大会)の上位チームが出場する、全国地域リーグ決勝大会(地域決勝)に参戦。この大会で12チーム中、2位以内となったクラブは、JFLに昇格できることになっていた。

 しかし今治は、愛媛で行われた1次ラウンドで1勝1敗1PK勝ちのグループ2位に終わり、JFL昇格はおろか決勝ラウンド進出さえ果たせなかった。私もこの大会を取材していたのだが、今治は初戦で勝利したものの、第2戦でスタメン7人を入れ替える策が裏目に出て、自滅に近い形で敗れてしまった。1次ラウンド敗退の一番の原因となった、この不可解な判断はどのようなプロセスによってなされたのか。今回、岡田オーナーは初めてその内幕を語ってくれた。(取材日:2015年11月23日)

「こいつら、やってくれそうだ」という期待

四国リーグ優勝後、岡田オーナーは「生活のすべてをJFL昇格のために捧げる」ことを選手に求めた 【宇都宮徹壱】

――結局、全社での戦いは2回戦で敗退となりましたが、スタッフは残ってスカウティングをされていたと思います。その後、地域決勝の組み合わせが発表されて、今治が全社で勝っているサウルコス福井、そして全社で5試合を戦ったアルテリーヴォ和歌山と阪南大クラブが同組となりました。当然、綿密な分析もできていたでしょうから、今治にとってはかなり有利な組み合わせとなったと思うのですが。

 僕はミーティングに参加していないから分からないけど、スカウティングはきちっとしていたと思いますよ。ただ周りが「死のグループ」と言っていたのが、ちょっと解せなくてね(苦笑)。どのグループも楽な相手はいないだろうし、ちょっとしたことで有利・不利というのでは、スタンダードが下がってしまう。そっちのほうが僕は怖かった。

――なるほど。地域決勝に向けたトレーニングについては、いかがでしたでしょうか?

 そのころも忙しくて、ほとんど顔が出せない状況だったし、基本的にトレーニングの内容には口出ししないようにしているからね。それでも四国リーグに優勝した翌日に、選手全員を集めて言ったんです。地域決勝までの1カ月間、生活のすべてをJFL昇格のためにささげろ。成功というのは「能力×情熱×考え方」だ。特に考え方は重要で、ネガティブに考えると掛け算でマイナスになる。何事もプラスに考えること。そして、JFLに昇格することで人生を変えてみようと考えること。朝起きたら必ず「JFLに行きます」と声を出せ。そして1分1秒もムダにすることなく、食事をするときも寝る時も(11月)6日の初戦に勝つためにすべてを注ぎ込め。そういうことを選手たちに伝えたんです。

──そうしたオーナーからの訓示で、選手たちの意識が変わりましたか?

 それから4日後くらいかな。ちょっと気になって練習試合を見に行ったら、横パスを奪われてピンチを招いて「どんまい、どんまい」とか言っているんだ。それですっかり頭に血が上ってね、ハーフタイムに思わず「お前ら、舐めてるのか!」と怒鳴りこんだよ。「人生を変えるというのは、その程度のことか? 俺がもしプレーしていたら、あんな横パスを出したやつの胸ぐらをつかんで『何がどんまいだ、冗談じゃねえ!』と言っている」と。そこまで言ってから落としどころが分からなくなって、「とにかく時間を無駄にするな!」と捨てセリフを残して帰っちゃった(笑)。そのあと監督の木村(孝洋)がうまくまとめてくれて、「あれからみんな変わりました」という報告は受けています。

──そんなことがあったんですね。

 一方で僕は、スタッフにもずっと言い続けていたことがあったんです。お前らの言っている戦術は、間違っていないかもしれない。でも、選手がお前らの顔を見てプレーしているぞと。どこかの段階であいつらを解き放ってやれ、ということをずっと言い続けてきたんです。もちろん、それは簡単なことではない。でも本番が近づくにつれて、選手が自分で考えながらプレーできているように感じられてね。それで僕は「こいつら、やってくれそうだ」と期待したんですよ。

和歌山戦のメンバー表を見て「びっくりした」

和歌山戦では初戦から7人のメンバーを入れ替えた今治。岡田オーナーも驚いたことを明かした 【宇都宮徹壱】

――そしていよいよ地域決勝が開幕します。地元・愛媛での1次ラウンド、最初の相手は阪南大クラブでした。この試合を1−0で勝利できたのは大きかったですね。

 大きかったねえ。最初はかなり硬さが感じられたけれど、あの試合に勝ったことでチームの雰囲気はすごく良かった。でも、同じ日に和歌山に勝った福井は、淡々としていたそうだね。彼らは去年、決勝ラウンドで負けているんだよね?

――そうです。去年、初めて決勝ラウンドに進出したんですが、1勝もできずに昇格できませんでした。

 だから初戦に勝っても、自分たちは何も手にしていないという表情だったようだね。ウチの選手たちは、喜んだりホッとしたりしていたけど、そこが福井との経験値の差なんだなと。でも、それが致命的になるとは思わなかった。

――問題は和歌山との2戦目ですよ。あの試合では、初戦からメンバーを7人も入れ替えて、しかもスタートは4バックではなく3バックでしたよね。私は地域決勝を10年取材していますが、あれは一番やってはいけない采配ですよ。

 みんな、そう言っているね。ただ、3バックではなかったですよ。サイドバックの片方が上がり気味だったのでそう見えていただけで。

――そうかもしれません。ただ、大幅なメンバー交代はやっぱり解せませんでした。そもそも木村監督は過去2回、地域決勝を経験しているわけで、この大会の怖さや難しさはよくご存じのはずなんですよ。初戦と第2戦でメンバーを大きく入れ替えるというのは、大会特有のプレッシャーを二度もチームに味わわせることになるので、最もやってはいけないというのが私の認識です。それなのになぜ、あのようなスタメンになったのか。それが今回取材していて一番の謎でした。

 初戦でけが人が出て(長尾善公)、新しく松平(京)という選手を登録すると聞いたんだけど、四国リーグでは一度もスタメン出場していない選手だったんですね。そしたらいきなり7人もスタメンが代わって、しかも松平がスタメンになっていたんで、最初は僕もびっくりしたんですよ。

――岡田さんもびっくりされていたんですね。

 びっくりしたんだけれど、疲労の少ない選手で試合に出たいというモチベーションの高い選手を使うのも一つだなと思いました。やってはいけない采配と言うけれど、それは今まで誰もやって成功しなかったというだけで、われわれは常に定石にとらわれずチャレンジしているチームなので全く問題ないと思いました。

 大会のあと、木村と飲む機会があって理由を聞いたら、3連戦は厳しいからローテーションをした方がいいという意見が出たようです。彼自身は(地域決勝を)2回戦って、いずれも勝っていなかった。だからそういう新しい手を試すのもありかなと思ったと言っていました。私もその判断は間違いではないと思っています。だから責任があるとしたら、指示系統をひとつにしていなかった、僕の責任だと思っています。いろいろな人のいいとこどりで最高のものを作りたいと思った。もちろん最終的に決定権は監督の木村ですが。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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