なぜFC今治は昇格の夢を絶たれたのか? 地域決勝1次ラウンドでの誤算を検証する

宇都宮徹壱

実は「アウェー」を戦っていた今治

地域決勝の1次リーグ3試合を終えて、サポーターにあいさつするFC今治の岡田オーナー 【宇都宮徹壱】

「今日のFC今治の試合、全国中継されるんですね。地域決勝(全国地域リーグ決勝大会)がスカパー!で見られる時代が来るなんて、思ってもみなかったですよ」

 大会初日、同業者が感慨深げにそう語る。全国9地域のチャンピオンと、全社(全国社会人サッカー選手権大会)を勝ち上がった3チームが、JFL昇格を目指して争う地域決勝。それは当事者以外には(普段サッカーを取材している人間であっても)「よく分からない世界」であり、それゆえにマニアックなファンを惹きつけてやまない大会でもあった。私自身、かれこれ10年も取材を続けているのだが、そこでいつも感じるのが「地域決勝は客に見せることを考えていない大会である」ということだ。実際、大会1日目が行われたのは平日の金曜日。しかも第1試合が10時45分、第2試合が13時30分のキックオフである。万難を排してスタンドに駆けつけた人々は、ほとんどが当事者、あるいはこのカテゴリーのマニアと見て間違いないだろう。

 そんな地域決勝の風景を一変させたのが、FC今治の登場であった。スカパー!の放映も確かに画期的ではあったが、代表戦の現場でもお馴染みの全国紙の記者をお見かけしたのにはいささか驚いてしまった。もちろん、過去の地域決勝でもテレビカメラは入っていたし、新聞記者もそれなりに取材に来ていた。だが、いずれも「わが街からJを目指すクラブ」を伝える地方メディアであり、これほど全国メディアが集まって来たことは過去にはなかったはずだ。言うまでもなく、彼らのお目当ては今治であり、元日本代表監督の岡田武史オーナーである。今治は(そして岡田オーナーは)四国リーグのみならず、地域決勝の風景すらも大きく変えてしまった。

 愛媛会場(愛媛県総合運動公園球技場)に登場した今治に注がれる視線は、大きく3種類に大別された。すなわち、応援、好奇、そして反発である。3番目については若干の説明が必要だろう。これまで密かに地域決勝を楽しんできた人々にとり、今治とはおよそシンパシーが感じられない「よそ者」でしかない。むしろ、自分たちが密かに楽しんでいたコミュニティーに、いきなりドカドカと踏み込まれたような感情を抱いている人は、私の周りにも少なくないのが実情だ(今治の取材をしていなかったら、私自身もそう感じていたのかもしれない)。加えて、話題性と注目度でライバルたちのはるか上を行く今治は、対戦相手の闘争心をこれ以上なく高める存在でもあった。「地元」愛媛で戦う今治は、見方を変えれば「アウェー」を戦っていたとも言えよう。

裏目に出たターンオーバー制

和歌山戦で起用された市川。皮肉にも4バックになってからの方が本領を発揮していた 【宇都宮徹壱】

 その今治は、初戦の阪南大クラブには1−0で競り勝ったものの、続くアルテリーヴォ和歌山には1−2と敗れ、第3戦のサウルコス福井には2−2の末にPK戦(後述)で勝利。勝ち点5の2位で1次ラウンドを終えた。1位の福井は無条件で決勝ラウンド進出。今治は「最も成績の良い2位」のワイルドカードにはわずかに届かなかった。今季最大のミッションである「JFL昇格」は、なぜ果たされなかったのか。大会の昇格をめぐるドラマはこれからが本番だが、本稿では今治の1次ラウンド敗退の原因を検証することにしたい。

 これまでにない緊張感で臨んだ阪南大クとの初戦。試合前の集合写真の際、ベンチから「おい、表情が硬いぞ!」というやじが飛ぶ。この日は41歳のベテラン、山田卓也が中盤の底でスタメン出場。けがのため全社にはチームに帯同していなかったが「この日にしっかり合わせてきました」と当人が語ったとおり、年齢を感じさせないアグレッシブな動きを90分間持続させ、攻守にわたり貢献し続けた。今治にとって誤算だったのは、FWの長尾善公の突然のリタイア。不運なけがにより、今治は重要な得点源をわずか23分のプレーで失ってしまった。その後は拮抗(きっこう)した展開が続いたが、後半22分に試合が動く。長尾に代わって出場した乙部翔平のクロスに、ピッチに送り込まれたばかりの桑島昂平がファーストタッチでゴール。1−0のスコアで今治が大事な初戦を勝利で飾った。

 続く和歌山との第2戦では、今治は思い切った策に出る。スタメンを7人入れ替え、システムも4バックから3バックに変更してきたのである。メンバーを大きく入れ替えてきたのは、1次ラウンドが3日連続で行われることを考慮してのターンオーバー制だったのだろう(木村孝洋監督も「3試合通してのプラン」と語っている)。だが3バックの意図が分からない。実際、福井戦のあとに木村監督に尋ねてみたのだが、この判断が失敗だったことは認めたものの理由について明かされることはなかった。

 開始早々の1分、今治がまだ試合に入りきれないうちに、和歌山は宮本宗弥のゴールで先制。さらに前半20分には、左サイドからのクロスから芝崎純平が追加点を挙げる。思わぬ展開に慌てた今治は、右MFで起用した市川大祐のポジションをひとつ下げて4バックで立て直しを図るも、序盤での2失点はその後も重くのしかかった。後半23分、今治は市川の右からの正確なクロスに片岡爽が頭で反応し、ようやく1点を返す。この10分前、和歌山は高瀬龍舞が一発退場となっており、10人での戦いを強いられていた。当然、今治は攻勢を強めていくが、気力を振り絞った相手の守備に何度も阻まれ、結局1−2でタイムアップ。試合直後は、ぼう然とピッチに佇む今治の選手たちよりも、すべてを出し切ってピッチに倒れこむ和歌山の選手たちの姿の方が、見る者に強い印象を残した。

1/2ページ

著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント