宮市亮が語るトゥエンテ挑戦で得たもの 不本意なシーズンにつかんだ新たな武器

中田徹

自分のコンディションを錯覚していた

トゥエンテで即戦力として期待されながら、不本意なシーズンを過ごした宮市。この1年を本人が振り返った 【Getty Images】

 昨年9月、アーセナルからトゥエンテに貸し出された宮市亮はトップチームで結果を残せず、11月下旬から主戦場を2部リーグに移していた。移籍した頃の宮市は即戦力として活躍することが求められていたし、本人もそのつもりだった。5月の半ば、トゥエンテのトレーニングコンプレックスで宮市はこう語った。

「開幕前はアーセナルで本当に動きがよかったんです。『このまま行けば、うまくいくんじゃないか』と感じていた。だけど、それは錯覚でした。ずっと試合に出ていなかったので、実は体が休んでいた。それに気付かず、アーセナルでの練習は良いコンディションだと思っていた。フィットネスが戻ってきて、『コンディションが良いとは、こういうことなんだな』というのがようやく分かった。それが今です」

 宮市にとっては今季の最終戦となったオランダ2部リーグ第37節アイントホーフェン戦で、彼は自陣ペナルティーエリアから約90メートルの単独ドリブルで一気にロングカウンターを仕掛け、フィニッシュまで持ち込むビッグプレーを見せた。

「そこが自分の持ち味なんで。でも、(トップチームでは)その持ち味をなかなか出せなかった。今まで出せていたものが、ぜんぜん自分の足じゃないみたいな。『おかしいなあ』という感じだけれど、結果も出さないといけない。すごく難しかったですね」

「サッカーを辞めたいと思った」

 スピードが売り物なはずの宮市は、トップチームではドリブルで相手を抜いたはずだったのに加速できず、相手に追いつかれていた。

「そうなんです。抜いても追いつかれていたんです。引っかかるし。『あれ!?』って。そこからでしたね」

 やがてメンタルが崩れていった。

「自分に期待していた部分があったから、『なんだ、この体は? ぜんぜん動かないじゃないか』みたいな……。結果が出ず、思うようにいかない。そのターニングポイントは、以前にもお話ししましたがヘーレンフェーン戦(11月1日、1部リーグの第11節)だった。あの試合で精神的に追い込まれました。でも、そういうところで自分と向かい合えたのはよかったです」

 あまりのふがいなさに、宮市は「サッカーを辞めたいと思った」という。

「練習に行くのが嫌でした。でも仕事なんで行かないとダメです(苦笑)。仕事という感覚がありすぎた」

 ヘーレンフェーン戦後、2試合続けて宮市はベンチ入りはしたものの、トップチームでの出場機会はなく、ますますコンディションを上げることが難しくなった。アルフレッド・スフローダー監督の勧めもあって、11月28日のNEC戦からリザーブチームで試合、トップチームで練習という日々を過ごすことになった。

コーチとの練習で得た新たな武器

左サイドからカットインしてシュート。宮市は2部で同じような形からゴールを挙げている 【Getty Images】

 初ゴールは年明け、1月26日のPSVリザーブチーム戦だったが、自らコンディションの高まりを感じたのは2月23日のデ・フラーフスハップ戦だった。

「PSVリザーブチーム戦は、徐々に戻りつつあると思ったんですけれど、まだつかめていなかったです。今シーズンの2点目を取ったデ・フラーフハップ戦で、『調子良いな。走れるな』と思いました。本来の動き、思っている動きができました」

 4月24日のローダ戦のゴールも含め、宮市のゴールは左サイドからカットインし、ファーサイドへカーブをかけるように決めたものばかりだった。4月20日のアヤックス・リザーブチーム戦でも宮市は同じようなシュートを放ち、それが味方のゴールにつながっている。トゥエンテにはユリ・ムルダーというストライカーコーチがいるが、何か教えがあったのだろうか?

「いや、ユリより、バウデワイン(・パールプラッツ)というウインガーだったコーチと練習しました。よく練習に付き合ってくれて、いろいろ教えてもらいました」

――オランダ2部リーグで3ゴール決めたが、そのパターンがいつも一緒だった。左サイドからカットインして、ファーサイドへカーブをかけていたが?

 それは練習からやっていました。毎日、1本でもいいから練習後にやろうということで、やっていました。

――それが試合で成果として出たわけだ。

 はい。だから試合後はバウデワインも喜んでくれました。

――これは一生の武器になる?

 これまでは縦、縦のイメージがあったので、そこでシュートを撃つことができれば、いろんな選択肢が増えますし、よかったです。

――これらのゴールは動画サイトに乗っている。夏の移籍市場に期待が持てるかも?

 そうですね(笑)。それを見て、どこか誘ってくれればいいですけれど。でも、どこであろうと頑張っていれば、どこかで誰かが見ていてくれるという気持ちで2部リーグでもずっとやっていましたので、何かしら結果を出せてよかったです。

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著者プロフィール

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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