人によって築かれるFC今治 “岡田城”に集いし精鋭たちの声
サッカーを知っているオーナーのクラブ
「岡田武史がオーナー」という効用はFC今治の現場レベルにもあるという 【宇都宮徹壱】
「岡田さんがイエスと言えばイエスだし、ノーと言えばノーですよ。僕らはその決断を実行するだけでいい」
メソッド事業本部長を務める吉武博文氏の見解は明快だ。サッカーを知らないオーナーの決断であれば、それを正したり導いたりすることが部下には求められるし、時にはごまかすことも必要になってくるかもしれない。しかし、FC今治は違う。トップの決断を尊重することは極めて自然なことなので、そこはまず違っていた。
「これは海外でもそうだと思いますよ。GM(ゼネラルマネジャー)や社長にサッカーの指導者が就くことはあるでしょうけれど、(バイエルンの会長だった)ベッケンバウアーのようにね。でも岡田さんはオーナーですから、そこは重要な違いだと思います。サッカーを知っているオーナーがいるということは」(吉武本部長)
こういう書き方をすると、トップダウンの上意下達が徹底された組織かと思われそうだが、それもまた違う。
「オーナーがサッカーについて口を出してほしくないというのは、監督をやっている者なら誰でも思うこと。でも僕は、『サッカーを知っているオーナーだったら、口を出していいじゃん』とも思うんですよ。『でも最後に決めるのは監督だよ』ということが分かっていればいい。今治では育成年代のコーチ全員がトップチームの練習に関わっていますが、逆にトップチームのコーチ全員も育成年代に関わる。岡田さんも育成に関わる。そういうクラブなんです」(吉武本部長)
実際に岡田オーナーが育成年代の練習に混ざることもあるという。選手たちの名前やどういう特長があるのかという情報も把握しているというから、確かにオリジナルなスタイルのオーナーだ。
「『そんなこと、普通はやらない』なんて言う人もいるけれど、『いや普通って誰が決めたんだ?』と言いたいね。トップチームの監督だろうとオーナーだろうと、関わることで選手のパフォーマンスが上がるなら、それはそれでいいじゃないかということです」(吉武本部長)
会社と現場の間を支えるキーマン
オプティマイゼーション事業本部長の高司は「メソッド部門や指導現場との間にある」と自身の仕事内容を語った 【スポーツナビ】
「いや、本当に今治へ来るなんてまったく思っていなかったですよ」と33歳の青年は、まだ現役サッカー選手だったころの色を少し残した顔をゆるめ、苦笑いを浮かべた。東京学芸大学では元日本代表DF岩政大樹(現ファジアーノ岡山)とディフェンスラインを組んでプレーした選手であり、卒業後はコーチとなってスペインのクラブで育成年代の指導に当たり、その後は日本でサッカースクール事業などに関わってきた。そのキャリアに「今治」や「岡田武史」の文字は見当たらない。
そもそも、オプティマイゼーション事業本部とは何かと言えば、「他のクラブで言えば、強化部に当たるとは思います」(高司本部長)。ただし、あえて「オプティマイゼーション」(最適化)という言葉を当てるのには当然ながら理由もある。
「一般に強化部の仕事から育成を見ていくと、上から下へという流れ、つまりトップチームのことを考えて育成年代に落としていくという発想になってくる。でも僕のいたスペインのクラブは少し違っていて、今治もそこは違っていると思ってやっています。僕の仕事は、育成年代とトップチームが双方向の関係性を持つ中で発生するものだと思います」
岡田オーナーとの出会いはスペイン人指導者の通訳としてだったという。そのときは高名な指導者と知己になれたという思いはあれども一緒に働くことになるとは夢にも思っていなかったと笑う高司本部長。
「この1カ月間、ずっと(メソッド事業本部長の)吉武さんと寝食を共にしていましたが、あの方のサッカーに対する情熱、こだわりは本当に素晴らしいものがあり、とても勉強になりました。そして今度は、岡田さんもシェアハウスを借りて、吉武さんと一緒に住むことになったんです」
FC今治が“岡田城”なら、岡田シェアハウスは天守閣だろうか。高司本部長も、そのシェハウスへ頻繁に出入りし、密にコミュニケーションを取っていると言う。
「サッカーって、『いざ会議!』というよりも、雑談の中から生まれてくるものがすごく多いんだなと思わされていて、まだ1カ月しか経っていないですけれど、吉武さんとはもう半年くらいは一緒に仕事をしたような感覚ですよ。密度が違うし、今治がこれからやっていくサッカーはここでの話がベースとなって生まれていくんじゃないかと思っています。僕がバルセロナで学んだ言葉に、『自分たちが大好きな、愛したサッカーじゃないと子どもたちにそれを伝えることはできない。自分が信じられないものを教えても、子どもには伝わっていかない』というものがあります。指導者みんなが一緒に作って参加していく今治なら、それができる気はするんです。メソッド部門や指導現場との間に立つ僕の仕事は、そこにあると思います」(高司本部長)