大成功に終わったFC今治のホーム開幕戦 様変わりした四国リーグで得たインパクト

宇都宮徹壱

今治駅前にて「地方創生」を想う

今治駅前の猿飛佐助の像。佐助を世に売りだした講談本『立川文庫』の創設者が今治出身だという 【宇都宮徹壱】

 各地でJ1リーグ第5節が行われた4月12日の日曜日、愛媛県は今治市にて四国リーグ1部の第2節が開催された。元日本代表監督の岡田武史氏がオーナーを務めるFC今治は、この日がホーム開幕戦。試合会場には900人近い観客と多くのメディア関係者が集まり、あらためて「岡田効果」の絶大さを痛感させられた。

 試合について触れる前に、まずはFC今治のホームタウンの今治市について言及しておきたい。前日、大阪で取材があった私は、今回はフェリーとバスを使って今治を目指すことにした。大阪港南フェリーターミナルを土曜日の22時に出て、翌朝6時に東予港に到着。そこからバスに40分ほど揺られて今治駅に到着する。しかしすぐに、この旅程に致命的なミスがあることに気付かされた。駅の周辺には、ファーストフードや漫画喫茶のたぐいがまったく見当たらないのである。試合開始は13時30分。それまでの6時間半、どこでどう過ごせば良いのだろうか。

 幸い、この日は今治市内に宿を予約していたので、とりあえず荷物を預けて、電源を確保できるロビーで執筆することができた。それにしても「造船とタオルの街」として知られ、愛媛県では松山市に次ぐ人口の多さ(およそ16万人)を誇る今治なのに、駅前に何もないというのは想定外であった。余談ながら、夜になって食事に出た際にも、駅前の周辺はどっぷりと闇に包まれていて、周辺には飲食店やコンビニさえも見当たらない。私はこれまで、J3を含むすべてのJクラブのホームタウンを訪れているが、このような経験は実に新鮮なものであった。と同時に、岡田オーナーの挑戦がいかに難易度の高いものであるかを、あらためて思い知った次第である。

 おりしもこの日は、4年に一度の統一地方選挙当日。選挙期間中には「地方創生」を訴える全国津々浦々の候補者の姿がたびたび報じられていたのは周知のとおりである。岡田オーナーもまた「地方創生」を掲げているが、そのアプローチはFC今治を中心とした「スポーツによる町おこし」であり、10年以上を要する壮大なプロジェクトだ。「地方創生」とは本来的に、それくらいの継続性とビジョンが必要なのであり、少なくとも選挙期間中だけ連呼すれば済む問題ではない。10年後、FC今治によって今治市はどう変貌していくのか。そのことを確認するためにも、この駅前の風景を心に焼き付けておこうと思う。

あまりにも様変わりした四国リーグ

会場に集まった880人の観客に、今治市のゆるキャラ『バリィさん』がお出迎え 【宇都宮徹壱】

 さて、FC今治である。岡田オーナーの登場により、このところ何かと話題になっているが、トップチームが所属している四国リーグについて語られることは意外と少ない。私自身、四国リーグを取材するのは、06年以来9年ぶりだが(カードは徳島ヴォルティス・アマチュア対カマタマーレ讃岐)、その後も全国地域リーグ決勝大会や全国社会人サッカー選手権大会の取材は続けていたので、四国リーグを含む地域リーグの現状(プレーのレベルや試合環境、さらには運営面のゆるさ)については、他の同業者に比べればそれなりに情報を持っているつもりだ。

 昨年、J2とJFLの間に新たにJ3が創設されたことで、地域リーグというカテゴリーは「5部」という位置づけとなった。4部のJFLまでは全国リーグだが、その下は9つの地域に分かれており、それぞれの地域リーグのチャンピオンが集う地域決勝を勝ち抜くことで、全国リーグの扉が開かれる。最近のFC今治は、オーナーの理念やスポンサーの話題ばかりが先行しているが、純然たるアマチュアのリーグから日本のサッカーを変えようとしている事実を、まずきちんと押さえる必要があるだろう。

 この日の会場となった『桜井海浜ふれあい広場サッカー場』は、厳密に言えばスタジアムではない。人工芝のピッチがあるだけで、スタンドや客席もなければ、もちろん屋根や大型スクリーンもない。選手の控室は仮設のテント、記者席は折りたたみ椅子、そして観客とピッチを隔てるのは大型コーンを支柱にした細いロープでしかない。この日はゲストとして、人気ダンス&ボーカルユニット『GENERATIONS from EXILE TRIBE』のメンバーが訪れていたが、セキュリティー的にはかなり危ういものが感じられた(何も問題がなく済んで、本当によかったと思う)。

 そんな会場で、入場料無料で開催される地域リーグには、いったいどれくらいの観客が訪れるのか。讃岐が抜けた四国リーグでは、ここ数年は100〜200人くらいにとどまっていると聞いている。ところがこの日、ふれあい広場に集まったのは、880人。「岡田効果とか、そういうものではないですよ(笑)。スポンサーさんはじめ、全体の効果だと思います」と当人は謙遜するが、観客のほとんどはFC今治というよりも「オカちゃんのチーム見たさ」に集まっていたはずだ。いずれにせよ岡田効果によって、四国リーグの風景そのものがすっかり様変わりしたのは、紛れもない事実である。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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