リトルなでしこ、世界一もまだ夢半ば 結実した育成システムと今後忍び寄る危機

江橋よしのり

早くから与えられる「身を持って知る」機会

U−17女子W杯を制したリトルなでしこ。世界一に輝いた最大の要因は他国の追随を許さない優れた育成システムにあった 【写真:アフロ】

 コスタリカの森を、「生きる宝石」と形容される青い蝶が舞う。メタリックな光沢を帯びた羽は、小さな体に比べて極端に大きい。はためくたびに、その羽は水面に映る陽光のようにキラキラと輝く。

 U−17女子ワールドカップ(W杯)の大会エンブレムにも描かれたこのモルフォ蝶のように、見る者をうっとりさせるサッカーを披露したリトルなでしこ(U−17日本女子代表)が、大会を制した。6戦全勝。トータル23得点、失点はわずかに1。ゴールを挙げた選手は12名にもおよび、どこからでも点を取れるサッカーを展開した。

 リトルなでしこを世界の頂点に導いた最大の要因は、他国の追随を許さない、きめ細やかな女子選手育成システムだ。

 高倉麻子監督は4月7日に行われた優勝報告記者会見で、「この結果を出せたのは、選手の頑張りはもちろんですけれど、長い間、選手の育成に関わってくれたたくさんの方々のおかげだと思っています」と述べ、選手たちがサッカーに初めて触れた幼少の頃から関わる、全国の指導者に感謝の気持ちを示した。

 実際、日本の女子は早くからしっかりサッカーに取り組むことができる。小学生のうちはサッカー少年団などで男子と一緒に丁寧な指導のもとで練習、試合ができる。協会によるタレント発掘・育成システムも整っている。U−13とU−14の「エリートプログラム」という制度で、全国から将来有望な選手を集め、合宿や海外遠征を行う。

 今大会を制したリトルなでしこのメンバーにも、エリートプログラムで国際試合を経験した選手が多い。ストライカーの小林里歌子は、2010年に初めてパスポートを作り、U−13ベトナム遠征に参加した。当時の彼女は、オーストラリア戦後に次のようなコメントを残している。

「もっと相手の体のことを考えて、プレーしないといけないと感じました。なぜなら、どこに動くのか、どこにパスを出すかを、パスを受けてから考えていては、体の大きな選手にボールを奪われてしまう場面が多かったからです」(日本サッカー協会公式サイトから引用)

 このように「身をもって知る」機会を早くから与えられた意味は大きい。課題を意識した取り組みは、「大人に言われたからやる」というだけでは、子どもにとって手をつけにくいはずだからだ。

「頭」と「体」を継続的に鍛える

 13年の2月にチームを立ち上げて以来、合宿や海外遠征に招集された選手たちは、高倉監督、大部由美コーチという、かつてなでしこジャパンとして多くの国際経験を積んだ指導陣によって、「できることを増やそう」とのテーマのもと、薫陶を受けた。特に4人全員が本職DFではないという異色の最終ラインは、大部コーチから徹底的に「頭」を鍛えられた。大部コーチは言う。

「インターセプトや、パスコースを消すポジショニングなど、緻密さが求められるプレーは、日本人に向いていると思うんです。私たちが指導したのは、『2つのことに同時に気を配る』こと。自分のマークとスペースを見ることです。それができるようになったら、3つ、4つと増やしていく。味方がマークしている選手も半分見るとか、背後のスペースも見るとか、です」

 すでに3つ以上のタスクを同時にこなせるようになった選手もいるという。将来、全員がそのレベルに達したら、選手たちは「集団としてベストの回答」を同時に描けるようになる。11年の女子W杯と12年のロンドン五輪で見せた当時のなでしこジャパンのような、究極の組織的守備が再現される可能性も大いにあるということだ。

 さらに、今回のコスタリカ組は、体づくりにも継続的に取り組んできた。コスタリカに帯同した佐瀬由紀子トレーナーは、バスケットボールのU−16日本女子代表などでも指導実績を持つ人物だ。バスケットもサッカー同様、女子選手の膝のケガは男子に比べて非常に多いとされており、体幹トレーニングを含めたS&C(ストレングス&コンディショニング)トレーニングには先進的な知見がある。そのようなメソッドを女子サッカー界が取り入れたことも、今大会を制した要因として見逃せない。

 佐瀬トレーナーによる体幹トレーニングについて、杉田妃和キャプテンは「毎日やって、キツかった。けれど、大会中に大きなケガをする選手が一人もいなくて、よかったと思います。私自身も、コンタクトプレーの時などで効果を実感しています」と感想を語っている。ちなみに佐瀬トレーナーは、自身もバスケ選手として活躍したのだが、子どもの頃はサッカーをやりたかったのだそうだ。選手としてではないにせよ、憧れだったサッカーの世界とめぐり会い、W杯優勝に関われたことは、佐瀬トレーナーにとっても大きな喜びだろう。

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著者プロフィール

ライター、女子サッカー解説者、FIFA女子Players of the year投票ジャーナリスト。主な著作に『世界一のあきらめない心』(小学館)、『サッカーなら、どんな障がいも越えられる』(講談社)、『伝記 人見絹枝』(学研)、シリーズ小説『イナズマイレブン』『猫ピッチャー』(いずれも小学館)など。構成者として『佐々木則夫 なでしこ力』『澤穂希 夢をかなえる。』『安藤梢 KOZUEメソッド』も手がける。

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