リトルなでしこ、世界一もまだ夢半ば 結実した育成システムと今後忍び寄る危機
高倉監督が口にした危機感
ドリブル突破を図る杉田(右)。今後はチームワークだけではなく、個々の能力を挙げていくことが選手たちの課題となる 【写真:アフロ】
そのような観点からも、「チーム」を作る過程で日本が有するアドバンテージは大きい。したがって、U−17年代では、日本が毎回優勝候補に挙げられる時代が、もうしばらく続くのではないか、と予想できる。
ただし、リトルなでしこは、あくまでも同年代の世界大会を制したにすぎない。しかも今大会はドイツと北朝鮮がグループステージで敗退し、アフリカ勢もベスト8で散った。本大会直前の練習試合で1−1と勝ち切れなかったカナダとも対戦がなかった。組み合わせに恵まれた優勝でもあるということを、ぜひ、この大会を追っていなかった人たちにも知っておいてほしい。あまり報じられていないかもしれないが、高倉監督自身も「局面の戦い、球際の勝負では、日本はひ弱で劣っていると感じた」という危機感を実際に口にしているのだ。
チームワーク「だけ」では太刀打ちできなくなる
リトルなでしこは「みんなが団結して世界一になった」と強調する。もちろん、仲間を思う気持ちを否定することはないが、やがてチームワーク「だけ」では太刀打ちできなくなる時が、必ず来る。
「大人になったら、身体能力の高い相手が引いて守りを固め、日本の技術とコンビネーションをつぶしに来る。そして力づくのプレーで、ゴールを強奪しに来る。日本の強み(=チームワーク)が強みでなくなった時に、『味方のいいサポートがなければ何もできない』選手ばかりでいたら、もう勝ち進むことはできない」
そう語るのは、世界で通用する個人をテーマに女子中学生を育成する「小美玉(おみたま)フットボールアカデミー」(茨城県)の松下潤スクールマスターだ。民間の団体によって運営されるこの女子サッカー専門のアカデミーでは、筑波大学と連携し、リトルなでしこが導入した体幹トレーニングや、陸上競技の専門家をコーチにしたスプリントトレーニングなどに日常的に取り組んでいる。
松下氏は、「例えばメッシの技術は、動作のスキルを磨いて、その動作にボールをついてこさせるだけの技術を身につければ、再現が可能になる。また、スプリントを鍛えれば、今までは相手を遅らせる守備しかできなかった選手が、相手の前に体を入れてボールを奪える選手になれる」と語り、日本の女子サッカー選手に動作トレーニングの重要性を知ってほしいと説く。
U−17W杯優勝は「大きな夢の途中の通過点」
「確かに彼女たちは、いい年齢で東京五輪を迎えられます。けれど、大儀見優季や熊谷紗希からポジションを奪えるレベルにならなければ、彼女たちはピッチに立つことができない。そこまで頑張らなければ東京五輪には出られないよと、私は選手たちに伝えました」
今大会のスターとなった選手たちを、そのまま「東京五輪の主役」と位置づけようとするメディアに対し、気を急がないようにと暗に忠告しようとしてくれたのだろう。
彼女たちは、いまだ夢半ばにいる。U−17W杯の優勝も、長谷川唯が言うとおり「大きな夢の途中の通過点」にすぎない。私たちは、モルフォ蝶を包み込む森のように、彼女たちの成長を見守らなくてはならない。過剰な期待や重圧で、彼女たちの青く美しく輝く羽を、傷つけてしまわないように。