3連覇もまだ進化の過程――伊調が目指すレスリングスタイルの確立

増渕由気子

この4年間で「男子レスリング」へスタイルチェンジ

「男子レスリング」を取り入れた新しいスタイルの確立を目指す伊調。五輪金メダルもまだ70点と語る 【Getty Images】

 4年前の北京五輪までは、姉・千春と“姉妹で金”を目指して取り組んできた。当時のモチベーションは、レスリングそのものではなく、姉妹で金メダルを取ること。そのため、北京五輪では試合前日に千春が銀メダルに終わった瞬間、「闘う意味がないと思い、闘うのをやめようと思った」と試合放棄まで本気で考えるほどだった。千春が「馨は金メダルを取れ」の言葉で試合には無事出場し、2連覇を達成するが、金メダルの一夜明け会見では、まだ24歳にも関わらず引退発言をして大騒動になった。辞める理由は「千春が辞めるから私も」とシンプルなもの。本当にそのまま休養に入り、09年はカナダへ留学。帰国後もどこまで本気で復帰するのか注目されていた。

 そこで出会ったのが「男子レスリング」だ。「知らないことばかりだった」と、熱心に男子の技を習得した。伊調にとって新鮮だったのは、技術がとても論理的だったことだ。男子レスリングでは手の置き方、かけ方が数センチ単位で決まっている。私はレスリングを何も知らなかったんだと、女王の伊調にとっても目からうろこだった。

 断っておくと、基本的に女子と男子では、ロジックがすべて同じようにはいかない。女子は体が柔らかいため、男子の理屈でレスリングを行うと、逆に失点する場合もある。でも、そこは五輪女王の伊調自身が取捨選択をすればいい話。カナダから帰国すると練習拠点は、名古屋から都内に移し、赤羽のナショナルトレーニングセンター(味の素トレーニングセンター)で行う男女の合宿に両方参加。そのほかは、都内の大学などに積極的に出稽古する姿が見られた。

 以前は、「試合に出すぎると研究されてしまうという」という考えだったが、「自分が新しいことを吸収し、進化しているので、いくら研究されても、次までにまた強くなっていればいいと思うようになった」と、昨年は海外遠征も含めて、月1ペースで試合に出たこともある。その目的は、習得した技を実際に試すためだ。五輪を2度、世界を7度制した伊調にとって、姉との記録がモチベーションだったことから一転、自身のレスリング道を極めることが、やりがいに変化していったのだ。「ロンドン五輪は試合の1つ……かな。試したい技がたくさんある」と、マスコミが記録記録と騒ぎ立てても、なびかずに自分の目標を、しっかりと見据える伊調がいた。

試合の自己採点は70点 30点は課題に挙げる

 3連覇にはこだわりを見せない伊調だが、金メダルをみると周囲のみんなが笑顔になるのは間違いない。「たくさんの人にお世話になって迷惑かけてきたレスリングスタイルだったので、金メダルを取れて恩返しできたかなと思っている。金を取って、お世話になった人にメダルを見せられるので、勝ってよかった」と金メダル獲得のうれしさを露わにした。

 だが自身のレスリングスタイル確立には、「悔しい部分もあるし、うれしい部分もある。自己採点は70点。練習してきたアンクルホールドや、がぶりを決められなかった」と反省点を次々と述べた。だが4年間、男子並みの技術向上を積んだことで、納得できる部分もあった。「今日は片足タックルの調子が良かった。両足タックの調子が悪かったけど、決勝で決めることができた。これを反復していけば質が良くなると思う」。五輪で引退を決めている選手は課題などを挙げることはない。これはまだ競技を続けるという合図なのだろうか。

 姉妹の集大成だった北京五輪の金から4年、「自分はレスリングが好きですし、(去就については)休みながらやるかもしれない」と今回は現役続行を否定しなかった。「4連覇がかかりますが、(アテネ、北京、ロンドンと)あっという間に3大会が終わったので、リオもすぐ来るんじゃないかな」。リオでの大記録達成もそうだが、それ以上に進化していく伊調のレスリングを見守りたいのは私だけではないはずだ。

<了>

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著者プロフィール

栃木県宇都宮市出身。作新学院高〜青山学院大・文学部史学科卒業。高校まで剣道部に所属し、段位は2段。趣味は、高校野球観戦弾丸ツアーと、箱根駅伝で母校の旗を携えての追っかけ観戦

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