「強い」とは何か――。高校野球漫画『ダイヤのA(エース)』作者 寺嶋裕二氏に訊く

五味幹男
<ダイヤのA あらすじ>

 中学野球最後の一球が大暴投。この一球が主人公である沢村栄純の人生を変えた。高校野球の名門・青道高校のスカウトの目に留まったのだ。
 当初、名門校のあり方に疑問を感じていた沢村だったが、青道を訪れ、本気で甲子園制覇を狙う選手たちの「覚悟」を目の当たりにして入学を決意する。
 強いチームとは何なのか、そこでエースになるということはどういうことなのか。監督、チームメートとの交流を通し、投手としての存在を磨きながら、沢村はその答えをひとつずつ見つけていく。
 そして、迎えた夏の予選。登録20人の枠に滑り込んだ沢村は、チームの一員であるという強い思いを胸に、甲子園制覇への一歩を踏み出した。高校球児に与えられた「2年半」という時間の重さをその手に感じながら。

野球漫画で勝負したいと思っていた

 記憶が思い出になるまでには、どれぐらいの時間が必要なのだろうか。
 小中高を野球とともに過ごした寺嶋裕二にとって野球はあまりにも身近であり過ぎたのかもしれない。
「野球漫画で勝負したいとずっと思っていました。でも野球は描き尽されている面もありますし、別の何かがないと難しいだろうと思っていたんです。その何かが自分の中で分かりませんでした」
 その「何か」を見つけさせてくれたのは時間だった。高校卒業後、漫画家を志すと同時に野球から一度離れた。やれるだけのことはやったという充足感と、やっと苦しい日々が終わったという解放感とともに。

 記憶はやがて思い出になる。それは時間というフィルターでろ過されることで、当事者であった自分を第三者の目で見られるようになるということだ。読み切り野球漫画『メンバー』でマガジン新人漫画賞佳作を受賞したとき、寺嶋は25歳だった。
 高校球児だった当時の寺嶋には勝利と敗北の境界にあるものがよく分からなかった。自分のチームがなぜ勝てたのか。ヒット数やエラーの数といった目に見えるもの以上に、もっと大事な理由があることを想像できなかった。
 寺嶋が高校2年のとき、チームは夏の予選でベスト4まで勝ち上がった。スタメン9人中7人が満身創痍(そうい)であり、周囲はもとより本人たちも1回戦敗退を覚悟していた。マウンドには肩を壊していたエースが「記念登板」で登ったという。
 だが、チームは勝ち続けた。初戦で優勝候補を撃破するとそのままの勢いで勝ち進んだのだ。
「勝てばうれしいし、新聞に載ればまたうれしい。でも、それだけだったんです。勝てた理由を考えようともしませんでした」
 だが、今になって寺嶋はつくづく思うのだという。高校野球にとって「気持ち」がいかに大事なものなのかということを。そして、それこそが高校野球の一番の面白さなのだと実感している。

「県予選レベルなら相手ピッチャーの球が多少速くても打ててしまうということが結構あるんです。完全な別格ともなれば話は別ですけれど、『あれ、コイツが打っちゃったよ』みたいなことが重なって勝ててしまう。やる前と違うのは気持ちだけですね。たったひとつの勝利が1回戦負けだろうと言われたチームをベスト4まで導いてしまう。これは高校野球の醍醐味ですね」
 だが、気持ちの重要性に気づくようになったことで、付け焼き刃のそれに限界があることも知った。快進撃を続けたチームは準決勝で大敗して夏を終えた。
「最後にボロが出たのは気持ちの違いでしょう。やれるんだという思いがある一方で、やっぱりどこか本気でなかった。甲子園に行くと言っていた人もいませんでしたし、自分たちの実力はやっぱり自分たちが一番よく知っているんです。私自身も練習は精いっぱいやってきましたけれど、甲子園に行くとは恥ずかしくて最後まで言えませんでした」
 それは人生で二度訪れるかどうか分からない特別な時間なのかもしれない。甲子園という明確な目標がありながら、一方ではどこかであきらめている自分がいる。にもかかわらず決して少なくない時間と努力を野球につぎ込んできたのだ。寺嶋は当時の心境を不思議な感覚だったと振り返る。

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著者プロフィール

1974年千葉県生まれ。千葉大学工学部卒業後、会社員を経てフリーランスライター。「人間の表現」を基点として、サッカーを中心に幅広くスポーツを取材している。著書に『日系二世のNBA』(情報センター出版局)、『サッカープレー革命』『サッカートレーニング革命』(共にカンゼン)がある

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