「強い」とは何か――。高校野球漫画『ダイヤのA(エース)』作者 寺嶋裕二氏に訊く

五味幹男

強いからこそ見えてくる野球の楽しさ

『ダイヤのA』は寺嶋にとって2つの大きな意味を持つ作品である。
 ひとつは自分が高校球児として過ごした2年半という時間を描くこと。もうひとつは自分にとって未知である強いチームを描くというチャレンジだ。
「最初は不安もありました。弱いチームで野球をしていた自分が強いチームを描けるのか。間違ったことを描いてしまえば、読んでくれた子供たちに変な考えを植え付けてしまうことになるかもしれません」
 そんな寺嶋が「強い」ということに近づけたように感じたのは、漫画家としての覚悟を決めたときだった。
 漫画家として生き残っていくために、自分に何ができるかを考える。それは「野球」が「漫画」に置き換わっただけで、自分も高校球児も変わらないのではないかと思えたのだ。

 さらに寺嶋を勇気づけてくれたのは実際にプロで活躍する選手たちの言葉だった。彼らは例外なく強い高校の実際を肌で知っている。そんな彼らが共感してくれることが寺嶋の自信を深めてくれた。
 強いチームにおけるエースの存在意義もそうしたやり取りの中でイメージを膨らませていった。
「エースについて話をする中で感じたのは、考え方はそれぞれ異なっても最終的にコイツで負けたら仕方ないと思わせられるのがエースだということです。エースがいるから強いのではなくて、チームメート全員がそう思えるエースがいるからこそ、そのチームは強いのだと思います」

 寺嶋の語り口からは作者として『ダイヤのA』を描きながら、自分自身が野球を存分に楽しんでいることが伝わってくる。強いとはどういうことかに少しずつ近づきながら、強くあろうとすることではじめて見えてきた野球の魅力に心を躍らせているようだ。
 そして寺嶋は、そのテンションを下げるような自分の経験知やリアルさをあえて削り取り、そのすき間をあこがれで埋めることによってそれを強調している。たとえコマ数が多くなったとしても、漫画としてのテンポが悪くなったとしても、寺嶋がひとつのプレーをその背後にある気持ちまで含めて読者にきちんと伝わるように表現することにこだわるのは、寺嶋自身が強いチームでプレーすることでしか味わえない楽しさに気付いたからなのだ。
「読んでくれた子供たちが、実際にプレーしているときに漫画を思い出してくれて、みんなでじゃあこうしてみようと言ってくれたら、これほどうれしいことはないですね」
『ダイヤのA』は、これから野球の楽しさを知っていく子供たちへの、寺嶋なりのエールでもある。

 人が強さを求めるのは、名声や富のためだけではない。強くなることでしかたどり着けない新しい世界がそこにあるからこそ、強くありたいと願うのだろう。
『ダイヤのA』は、強いからこそ、強くありたいと願うからこそ見えてくる野球の楽しさを、私たちに教えてくれる。

<了>

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著者プロフィール

1974年千葉県生まれ。千葉大学工学部卒業後、会社員を経てフリーランスライター。「人間の表現」を基点として、サッカーを中心に幅広くスポーツを取材している。著書に『日系二世のNBA』(情報センター出版局)、『サッカープレー革命』『サッカートレーニング革命』(共にカンゼン)がある

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