「強い」とは何か――。高校野球漫画『ダイヤのA(エース)』作者 寺嶋裕二氏に訊く

五味幹男

名門校に進学した同級生に感じた「覚悟」

「強い」ということはどういうことなのか――。
 時が経ち、寺嶋はようやく自身の高校時代を第三者の目で振り返りながら、気持ちの重要性に気づかされた。だが、念願だった野球漫画をいざ描こうとしたとき、そこに避けて通れない壁があった。「本物の強さ」を生む気持ちとはどういうものかを経験として知らなかったのだ。
『ダイヤのA』の舞台となる青道高校野球部は、全員が甲子園制覇を明確な目標として掲げている。まずはそうしたチームのメンタリティを知ることが必要だった。
「やはり監督の存在は大きいと思います。まずは甲子園という明確な目標を徹底的に刷り込ませる。甲子園出場経験がある高校を取材に伺ったときはチームに統一感がありました。キビキビした動きは意思統一されている感じで、目標も目に付く至るところに貼られていた。当時の自分たちにはなかったものがたくさんありました」

 寺嶋は高校では主に外野手だった。打者によって守備位置を変えることはあったが、それは自分だけの判断でそうしていたのであり、チーム戦略ではなかった。練習後の自主練習についても、寺嶋が1年生だった当時の3年生がやっていたからというだけで、それ以上の理由を見いだせずにいた。
「強いところはレギュラー、控えを問わず選手全員が共通理解の下でプレーしている。それが決定的な違い。自分はそうではなかった。ノックを受けていてもなんとなく『ゲッツー』と言いながら流れでやっていた。やらされていたという部分がなかったとは言えません。
 でも強いところは違う。ひとつのプレーを考えてやっている。ボールが来たから動くのではなく、自分たちで考えて動いている。チームに一体感があるのは、そこにいる全員が同じ気持ちを共有できているからなのだと思います。考えてプレーすれば、野球はもっと楽しくなるし、もっと勝てるようになる。それができていたら2年半という時間も本当に短く感じていたでしょう」

『ダイヤのA』には「2年半」という高校球児としての絶対的なタイムリミットを感じさせる場面が随所に出てくる。それは寺嶋自身がその限られた時間の中でもっと「野球」ができたのではないかという思いの裏返しでもある。
「もし当時の自分たちにそれができていたらどうだったんだろう、という思いで描いているところもあります」
 これらの言葉から気付かされるのは、寺嶋自身がいまなお高校球児のままであるということだ。第三者の目で高校野球を客観的に観察しながら、気持ちと肉体は太陽が照りつけるグラウンドにあるような印象を受ける。
 それは物語の冒頭で主人公の沢村が地元を離れ、野球留学を決意する場面にも表れている。

『ダイヤのA』が週刊少年マガジンで連載開始されたのは2006年5月である。その前年の6月に日本高校野球連盟は野球留学検討委員会を発足させ、11月には学費免除などの特待生待遇をしないよう通達が出されている。そうした背景を考えれば、野球留学を蹴って地元の高校に進学し、気心が知れたチームメートとともに強豪校を打ち破って甲子園を目指すという展開もあっただろう。だが寺嶋は「大人の論理」に目を向けることなく、ここでも高校球児の顔をのぞかせる。
「野球留学の部員もいる地元の名門校に進学してベンチ入りした同級生を見て驚いたんです。顔つきも体つきも全然違っていて自信に満ち溢れていました」
 もちろん当時は全国から有望選手を集める名門校に対して、そこまでするのなら勝って当然だという思いがあった。
 しかし、今は違うと寺嶋は言う。その同級生の姿を思い出すとき、たとえ試合に出た数は少なくても、自分たちとは比べものにならないぐらい高い壁をたくさん乗り越えてきたはずだと素直に思うのだ。
 寺嶋にとって制度や仕組みを論じることはあまり意味を成さない。それよりも当時の自分が持ち得なかった覚悟をその同級生が持ち、最後までやり遂げたということに心から尊敬の念を抱いているのだ。

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著者プロフィール

1974年千葉県生まれ。千葉大学工学部卒業後、会社員を経てフリーランスライター。「人間の表現」を基点として、サッカーを中心に幅広くスポーツを取材している。著書に『日系二世のNBA』(情報センター出版局)、『サッカープレー革命』『サッカートレーニング革命』(共にカンゼン)がある

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