原口元気、航海の途上で 魂を注ぐ場所はベルリン、そして日本代表

島崎英純

蒸気船の名前が由来となったヘルタ

ヘルタ・ベルリンで戦う原口元気(右)。日本から遠く離れたドイツの地において、家族の支えは頼もしいだろう 【島崎英純】

 青と白の群衆が連なっている。

 ヘルタ・ベルリナー・シュポルト・クラップ・ベルリン(Hertha BSC Berlin)の「ヘルタ」という名称は、クラブを創設した一員のリンドナー兄弟の父親が「ヘルタ」という蒸気船に乗っていたことから由来する。その蒸気船の煙突には青、白、黄のカラーがあしらわれていたという(現在のクラブカラーに黄は用いられていない)。

 クラブが「船」なら、それに関わる者たちは「船乗り」だ。選手、監督、クラブスタッフ、世界中に散らばるサポーター、全ての者は青と白のキットに誇りを持ち、高らかに帆を広げてホーム、「オリンピア・シュタディオン」へと突き進む。

 2016年9月18日(現地時間、以下同)。雲間から時折眩い陽光が覗く秋口。スタジアムへ続く並木道にお馴染みの屋台が並ぶ。ドイツ名物のヴルストブロート(ソーセージパン)を売る店から香ばしい香りと湯気が漂っている。ベルリンの地ビール「Berliner Kindl」のピルスナーは日本のビールと似た爽やかさと刺激があるから、ソーセージとの相性は抜群だ。ビールとソーセージパンを片手に向かう人々の背中には「HERTHA BSC」の文字が刻まれている。縦縞の青白のユニホームがスタンドを埋め、この日の対戦相手であるFCシャルケ04を迎え撃つ。ピッチサイドには、24番を背負った細身の日本人・原口元気が立っていた。

「シャルケは開幕から連敗しているから、今日はアウェーでもかなり力を入れて向かってくると思う。逆にヘルタは連勝してるから、ここは冷静に落ち着いて戦わなきゃね。厳しい試合になるのは分かっている。まあ、見ててよ」

恩師たちの教えを胸に欧州で戦う原口

恩師たちの教えを胸に秘めた原口は、欧州の地で成長を遂げながらピッチに立ち続けている 【Getty Images】

 ファーストタッチ。敵が身体を当ててきた反動を利用して弾くように味方へパスを送る。すぐさま反転して前方へ進むと「パスを寄越せ!」とアピールする。ボールは来ない。しかし彼は何事もなかったかのように次の動作へ移り、味方がシュートを外した瞬間にパン、パンと2回手をたたいてチームを鼓舞した。

 味方がボールを保持する。寄っていかない。あえて遠方へ移動し、静かに時を待つ。チェコ代表のヴラディミール・ダリダがパスを受けた。一転してアクションを起こして敵陣奥深くへ侵入する。ピンポイントでパスレシーブし、またしても瞬時にボールを放して味方と連動を図る。

 Jリーグの浦和レッズに在籍していた時代はとにかくボールサイドへ寄り、時の指揮官に厳しく指導される選手だった。

「自分の能力を最大限に生かせ」

 原口は今、恩師たちの教えを胸に秘め、ヨーロッパの舞台で戦っている。

 内面が変わったとは思わない。生まれてからこれまで、彼は自己の意志を尊重してきたが、自己顕示欲が強いタイプでもなかった。

「意外に思われるかもしれないけれど、俺、結構人の意見を聞くよ。その上で、自分がどうしたいかを考える。さまざまな人の考えを通して自分の意志を確立させる。聞き分けが良い? そう思われてもいいよ。だって、それが俺という人間だから」

周囲が感じる原口の変化

 昨季のヘルタ・ベルリンはパル・ダルダイ監督の指揮の下でリーグ戦7位。序盤は好成績を残したが終盤に失速して中位で終えた。しかし今のヘルタは数年前に2部と1部の間を行き来していた不安定さがない。強豪とも伍して戦える。筋道さえ違わねば。例えばシャルケのような実力上位を相手にした時は、それに即したプレーを選択すべきだろう。シンプルにプレーする。しかし球際では負けない。そして、数少ない好機をモノにする。

 左サイドでボールを受けた。カットインのチャンスが来た。原口が得意のステップで相手ゴール中央へ身体をシフトさせると、フィニッシュへの道程が開けた。渾身の力を込めて放った一撃はしかし、ゴールバーのはるか上を飛んでいった。

「あまりにも良いチャンスだったんだよ。それで『やった!』って思っちゃった。力が入っていたね。全然ダメだった。今は最大最高のチャンスの時に、如何に冷静にプレーできるかを考えている。今まではがむしゃらにゴールへ向かって『決めてみせる!』と思っていたけれど、シュートというのは案外余分な力を抜いて撃つ方が入るんだよね。だから今の自分の課題は1試合に1回しか来ないチャンスでいかに平静さを保てるか。まあ、こんなことを考えている自分は、確かに以前とは変わったかもしれないね」

 最近、原口は旧知の知り合いに会った。「顔付きが変わったな」と言われた。内面はまったく変わっていないのに、周囲の抱く印象に変化が生じた。自覚はないが、それを受け入れている。数々の挫折と失敗から、一歩でも前へ進む力を得られればいい。

 ヘルタ・ベルリンは2−0でシャルケ04に勝利した。これでヘルタは3連勝、シャルケは3連敗を喫した。だがブンデスリーガはまだまだ序盤戦だ。この後、ヘルタは中2日でアウェーのバイエルン・ミュンヘン戦に臨んだが0−3で完敗した。しかし、それでも勝負の時は続く、バイエルン戦の後には、またしても中2日でアウェー、アイントラハト・フランクフルト戦が控えている。そしてようやく1週間のインターバルを得てホームのハンブルガーSV戦を終えれば、日本とオーストラリアでのワールドカップ(W杯)予選が待っている。

「確かにヨーロッパからアジアへの移動は大変だよ。ベルリンから日本までは乗り継ぎを含めて10時間以上。そして日本から今回オーストラリア代表と戦うメルボルンまでは直行便で約10時間かかる。でも、そんなの全然苦じゃないよ。その行程で戦えないなら代表でプレーしちゃいけない。それと、ブンデスリーガの試合も全部出るつもりだよ。中2日の連戦が続いても全部出たい。1試合でも控えに回ったら他の選手にポジションを取られちゃうよ。練習で気を抜いて疲れているところを見せたら、あっという間にベンチに座らされる。その意味では、今は常に緊張感のある場にいるけれど、自分にとってはそれが心地良い。それこそプロサッカー選手として正当な立場だと思うから」

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著者プロフィール

1970年生まれ。東京都出身。2001年7月から06年7月までサッカー専門誌『週刊サッカーダイジェスト』編集部に勤務し、5年間、浦和レッズ担当記者を務めた。06年8月よりフリーライターとして活動。現在は浦和レッズ、日本代表を中心に取材活動を行っている。近著に『浦和再生』(講談社刊)。また、浦和OBの福田正博氏とともにウェブマガジン『浦研プラス』(http://www.targma.jp/urakenplus/)を配信。ほぼ毎日、浦和レッズ関連の情報やチーム分析、動画、選手コラムなどの原稿を更新中。

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