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原口元気、航海の途上で
魂を注ぐ場所はベルリン、そして日本代表

代表でのもう一つの闘い

W杯アジア最終予選UAE代表戦では、途中出場でボランチの位置に入った
W杯アジア最終予選UAE代表戦では、途中出場でボランチの位置に入った【Getty Images】

 原口は日本代表でも「闘っている」。ヴァイッド・ハリルホジッチ監督から与えられるポジションはボランチ、トップ下、左サイドなど多岐に渡る。以前のように特定のポジションにこだわりはないが、自らのストロングポイントを生かせる場所を知っている。黒星スタートを切ったW杯アジア最終予選UAE戦(1−2)は途中出場でボランチのポジションに入った。


「ボランチと言うか、ドイツで言う背番号8の役割かな。長谷部(誠)さんと縦関係になって、俺は前線の選手と絡む仕事を請け負った。ただ、自分だけじゃなくてチーム全体の歯車が合わなかったから、良いプレーはできなかった」


 続くタイ代表戦の3日前に、指揮官から先発起用を告げられた。ポジションは左サイドだった。


「もう、これがラストチャンスだと思って、この試合で活躍できなかったら一生代表に呼ばれない、自分の望むポジションでプレーできなくなるという気持ちが高まった。それを緊張じゃなく、スピードとパワー、そして冷静な思考へと落とし込もうって考えた。だから先制点を挙げられたのは……、うん、良かったね」


 日本代表とタイ代表に力量差があったかもしれない。だが彼は油断しない。手加減しない。相手を卑下しない。


「自分も経験者じゃなかったら安易な考えを持っていたかもね。でも、これはW杯予選だから。タイのホームでの試合、間違いなく難しい試合だよね。その中で結果を残さなきゃならない。今は日本代表に選出されて、プレーして、貴重な経験ができている。それを今後にも生かしたい」

見る者の感情とシンクロしていた浦和時代

浦和時代は感情の発露から涙を流すシーンも見られた原口だったが、ヘルタに来てからはまだ、その情熱を得ることができていない
浦和時代は感情の発露から涙を流すシーンも見られた原口だったが、ヘルタに来てからはまだ、その情熱を得ることができていない【島崎英純】

 彼の何かが変わったと言うのなら、彼を見る側が、このサッカー選手をステレオタイプに捉えていたのかもしれない。破天荒で不器用で無愛想に見える外面は、彼の本質を示す一部分でしかない。


 かつて在籍した浦和では感情の発露から度々涙を流した。その闘志、心根と見る者の感情がシンクロしたからだ。しかしヘルタでは、代表ではまだ、その情熱を十分に得られていない。それは全て、自己の不甲斐なさが起因している。


 魂を注ぎたい。意識を傾けたい。そのためには精進を積み重ねなければならない。出し惜しみしない。手加減しない。サッカーのことだけを考えて暮らしたい。ピッチでは牙を剥き出しにして立つ。チームの勝利を大前提に、それでも自己のプレーに妥協しない。


「立ち止まったら、そこでおしまいなんだよ。終わらせるなんて簡単だけれど、そんなの絶対に受け入れたくない。プレーの変化なんて些細なことでしかない。ドイツでプレーするんだったら、それに順応した原口元気を見せてやる。アジアでは、また違う原口元気がいてもいいよね。俺には目標がある。そのためには何だってやるよ。躊躇(ちゅうちょ)なんてしない」

「俺は必ず、今よりも上に行く」

シャルケ戦の勝利後、オリンピア・シュタディオンに勝利の歌が響き渡った。この舞台で原口は歩き続ける
シャルケ戦の勝利後、オリンピア・シュタディオンに勝利の歌が響き渡った。この舞台で原口は歩き続ける【島崎英純】

 シャルケ戦の勝利後、オリンピア・シュタディオンに勝利の歌が響き渡る。ヘルタの応援歌は奇しくも、かつて彼が所属した浦和と同じ、ロッド・スチュワートの「Sailing」だった。その歌詞には恋人、家族の元へ航海する船乗りが海難に遭い、死に逝く時に愛する人へ想いを送る言葉が綴られている。だが、ここはあえてこの歌詞を逆説的に、前向きなものとして捉えたい。これは嵐吹く大海原をたくましく生き抜きながら、愛すべき者、愛する我が家へ向かって一心に突き進む闘士の凱歌だ。


 浦和からヘルタへ移籍した14年5月。彼はこう言った。


「僕が最後に帰る場所は浦和レッズだけ。またいつか、クラブに呼んでもらえるように、そのために必ず、日本で一番の選手になりたい」


 今の彼が魂を注ぐ場所はベルリン、そして代表の舞台にある。一途な心を貫いて、どんな場所でも、どんなチームでも、真摯にサッカーと向き合う。


 16年9月21日。完敗を喫した後のバイエルン戦で、彼が絞り出すように言葉を紡いだ。


「あのチームに、どうやったら勝てるのか知りたい。正直、自信喪失だけれど、それを能力や才能だけで片付けたくない。絶対に諦めない。俺は必ず、今よりも上に行く」


 エリートじゃない。孤高じゃない。焦燥して打ち砕かれて、それでも必ず立ち上がり、原口元気は、未来へ続く道を歩み続けてみせる。

島崎英純
1970年生まれ。東京都出身。2001年7月から06年7月までサッカー専門誌『週刊サッカーダイジェスト』編集部に勤務し、5年間、浦和レッズ担当記者を務めた。06年8月よりフリーライターとして活動。現在は浦和レッズ、日本代表を中心に取材活動を行っている。近著に『浦和再生』(講談社刊)。また、浦和OBの福田正博氏とともにウェブマガジン『浦研プラス』(http://www.targma.jp/urakenplus/)を配信。ほぼ毎日、浦和レッズ関連の情報やチーム分析、動画、選手コラムなどの原稿を更新中。

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