「感」を大切にするサッカー指導者・池上正氏 スポーツは楽しい気持ちが根底にあってこそ
指導者として大事にしていること… 「楽」から「感」へ
池上 私の母校・大阪体育大学では、指導者を育てるために、『運動指導認定プログラム』を実施しています。必修科目が60時間、自由選択科目が8時間。私は「運動部活動の実践」という講座を担当しています。これは、ほかの先生が実践されていることですが、60時間の最初と最後に「指導で大事にしていることを、漢字一文字で表してください」という質問を投げかけています。講座を受けていく中で、コーチングに対する考えがどのように変わったのか。もちろん、変わらないことが悪いわけではありません。
――非常に興味深い問いですね。
池上 私も講座に参加して、自分自身に問いかけています。はじめのうちは『楽』と書いていたのですが、つい先日浮かんだ言葉は『感』でした。互いの考えを感じながらプレーをしてほしい。チームスポーツの楽しさはこういうところにもあると思っています。
――そのときどきで大事にしていることが、変わってくる可能性もありますね。
池上 最初の講座で『厳』と書いた剣道の指導者がいました。強くなっていくためには、やはりある程度の厳しさが必要になると。すべての講座を受けたあと、その指導者が書いたのは『愉』でした。『「楽」は少し軽い感じがしますが、「愉」は心がこもっていて、自分としてはこっちのほうが合っていると思います』と教えてくれました。
――「厳」から「愉」へ。コーチングに対する考えがかなり大きく変わったことが推測できます。
池上 以前、ジェフ市原で働いていたときに、千葉県市川市でスポーツ指導者の講習会を10年ほど担当していました。そこでも剣道の先生が参加されていて、「『池上さんは楽しむことが一番大事』とおっしゃいますが、楽しいだけでいいのでしょうか?」と聞いてきたことがありました。私が言ったのは、「“面!”が一本きれいに入ったときって、楽しくて、嬉しいものじゃないですか?」ということです。その先生は2分ぐらい黙って考えたあとに、「そう言われるとそうですね」とボソッと呟いていました。楽しい気持ちが根底にあるからこそ、また試合をやりたくなるのではないでしょうか。
――小さいときに、最初から勝負の厳しさを植え付けられてしまうと、違う方向に進んでしまうかもしれませんね。
池上 おっしゃる通りです。楽しくて楽しくて、夢中になってやっていた時代があるからこそ、もっとレベルが高く、激しい競争の中でプレーしたいと思ったときにも、そっちに歩いていけるようになるのです。小学生のうちに競争を経験して、仲間とのレギュラー争いに鎬を削った結果、中学生でサッカーを選択しない子たちをたくさん見てきています。非常に残念なことです。
村中 スポーツの世界には昔から、「苦痛神話」が信じられてきたように思います。何かを達成するためには、苦痛を乗り越えなければいけない。それで成功したアスリートがいるのは間違いないでしょうが、その苦痛に耐えられずに、その競技を辞めてしまった人もたくさんいるはずです。好きな気持ち、楽しい感情を持ち続けたまま走り抜けたほうが、目標の達成に近付くのではないでしょうか。今日見させていただいた小学生たちが、中学生、高校生になったときにどんな姿に成長しているか、今から楽しみにしています。
池上 ありがとうございます。
村中 スポーツ現場での「仕組み作り」の具現化を学べ、私自身もとても勉強になりました。まさか、サッカーの練習でゴールが4つあるとは、ましてや得点を数えないチームがあるなんて夢にも思いませんでした。随所に、池上さんが大事にされている哲学を感じることができ、すごく楽しい時間になりました。
書籍紹介
ベストセラー「<叱る依存>がとまらない」の著者が質す
子どもたちの学びや成長の促進に必要な“真のコーチング”とは
<特別対談収録>
須江航(仙台育英硬式野球部監督)
池上正(サッカー指導者)
萩原智子(元日本代表競泳選手)
スポーツ指導における「叱る」について、その本質や向き合い方をさまざまな角度から掘り下げていく一冊です。