“得点を数えない”異色のサッカー指導の理由 優先すべきは「子どもたちの成長のペース」
子どもの成長スピードに合わせる
池上 そういう考えを持たれる方は、多くいらっしゃいます。それを「待つ」と考えるか、「そもそも子どもたちが成長するスピードはそういうものだよ」と捉えるかで変わってくると思います。
村中 私も、「そういうもの」だと思います。
――「待っている」という感覚はないですか。
池上 ないですね。「いつ気付くかな」と思いながら見ています。でも、「気付かせてやろう」と思うことはありません。
――村中さんは、「子どもたちの自己決定感を引き出すには、大人は待つことが大事」と表現されることが多いですが、「待つ」という感覚でいいですか。
村中 私が「待つ」という表現を使うのは、今の教育が「待たない仕組み」だからです。学業を例に取ると、本来はその子の習熟ペースに合わせて、学びが進んでいくはずなのに、もともと決められた単元が先にあり、そのペースが優先される。大人が勝手に決めたペースには合わない子どもが多いので、「待つ」と表現しています。スポーツ指導でも、同じようなことが言えると思います。「この時期にこういうことを教えれば、このぐらいのペースでうまくなっていく」という目に見えない基準のようなものを、指導者はどこかで持っているはずです。その基準から外れると、ついつい何か口を出したくなってしまう。学習もスポーツも、子どもたちの成長のペースこそが優先されるべきだと思います。
池上 常々思うのは、「日本のスポーツ指導は強者の理論で成り立っている」ということです。つまりは、強い者のモノの考え方が中心にある。それが根底にあるので、子どもが何かに取り組み始めたら、「うまくなるもの」「成長するもの」と大人側が思ってしまうのです。でも、それこそ、成長のスピードは人それぞれです。私のスクールに来ている子どもたちに対しては、「その時間でサッカーを思い切り楽しんでくれればいいよ」という気持ちで見ています。
勝つことで人は育つのか?
村中 私はスポーツ指導に関わったことがないので、あくまでも自分の専門分野からの発言になりますが、たとえ結果が同じであっても、子どものモードの違いに注目することが大事だと思っています。コーチからの指示を待ちながら、ときにはビクビクしながらプレーをしたうえで勝ったのか。あるいは自分たちで考えて、創意工夫をして、行動に移したうえで勝ったのか。「勝つことは大事」という考えはわかるのですが、「子どもたちがどのようなモードで行動したのか」までは語られることが少ないように思います。
――たしかに、おっしゃる通りかもしれません。村中さんの言葉を借りれば、「冒険モード」であるか否かでしょうか。
村中 そうなりますね、ドーパミン系が働いている冒険モードか、あるいは偏桃体系が優位に働くディフェンスモードか。どちらも、人間の行動を促進するモードですが、脳の状態はまったく違います。ディフェンスモードは、考える力を司る前頭前野の活動を下げる特徴があり、他者から危害を加えられているときに起こりやすい。簡単に言えば、厳しく叱られているときの状態で、本能的に「戦う」か「逃げる」を選んでいく。じっくりと物事を考えられるようなモードではないわけです。
――良くも悪くもですが、行動は速くなりますね。
村中 このモードをうまく使うと、子どもたちは指導者の指示に対して素早く動く可能性があります。もしかしたら、ジュニアの世代では結果を残しやすいかもしれません。でも、中学生、高校生、大学生とカテゴリーが上がっていくと、コーチに言われたことをやっているだけの選手やチームはどこかで壁にぶつかるはずです。それは、指示を待っていると、相手の変化への対応が確実に遅くなるため。それが、グラウンド上の選手たち自身で考える力があれば、変化にも臨機応変に対応ができる。池上さんのチームの子どもたちは、今は行動がゆっくりしていますが、どこかのタイミングで自ら勘所を掴んだときに、ピシッと統率されたチームに勝つようになる可能性があります。
書籍紹介
ベストセラー「<叱る依存>がとまらない」の著者が質す
子どもたちの学びや成長の促進に必要な“真のコーチング”とは
<特別対談収録>
須江航(仙台育英硬式野球部監督)
池上正(サッカー指導者)
萩原智子(元日本代表競泳選手)
スポーツ指導における「叱る」について、その本質や向き合い方をさまざまな角度から掘り下げていく一冊です。