情報戦が進む“ネタバレ”の選手権で見た胸熱シーン 高校サッカー通による準決勝直前対談【前編】

吉田治良

高度な情報戦が繰り広げられる選手権。ただ、東福岡の堅守にベスト4入りを断たれた静学のように、情報が溢れている分、想定外の状況への対応が難しくなる側面も 【写真は共同】

 第103回全国高校サッカー選手権大会も、準決勝2試合と決勝を残すのみとなった。ここでは日頃から高校サッカーを精力的に取材する2人のライター、土屋雅史氏と森田将義氏に登場をいただき、準々決勝までの戦いを振り返ってもらう。前後編の2回にわたる対談の前編では、ベストゲームやベストシーンなど、それぞれが印象に残った出来事を語りつくす。

“ネタバレ”しているなかでどう戦うか

──土屋さん、まずは今大会のここまでの印象から聞かせてください。

土屋 僕が取材したなかでは、戦術的な試合が結構多かったですね。今の時代、映像もいろんなところから入手できるので、どのチームも相手のことをかなり分析して試合に臨んでいる。相手の特徴をはっきりと分かった上で、長所をつぶしに行くような試合をいくつか見ましたが、それはそれですごく面白かったし、より高校サッカーのレベルが上がっている印象を受けましたね。

森田 僕も同感です。“ネタバレ”しているなかでどう戦うか、という部分がこれまで以上に問われていますよね。

土屋 勝ち進めば進むほど、映像もデータも増えるわけですからね。それこそPKのキッカーがどっちに蹴るかといったことなんかも含めて、情報がより重要になってきています。

──高度な情報戦を実感した試合はありますか?

土屋 明秀日立と帝京の試合(3回戦/1-1からのPK戦5-4で明秀日立が勝利)ですね。PK戦で唯一止められた帝京の選手は、地区予選決勝の試合中にPKを蹴っているんですが、明秀日立はその映像を入手して蹴る方向を予測したらしいんです。帝京って、今シーズンのトーナメント戦で一度もPK戦をやっていないのでデータは少なかったはずですが、今はそこまでの情報戦が行われているということなんです。

 実はその映像を見つけたのは、PK決着になりそうだと予見したベンチ外の選手で、もちろんそれには否定的な意見もあるかもしれません。ですが、事前にその情報を得たことが結果的に勝利につながったわけですし、明秀日立を率いる萬場(努)監督の「ベンチ外の選手も含め、チーム全体でつかみ取った勝利」という言葉にもうなずける部分はあると思うんです。

森田 守備が堅いチームが増えたのも、ある意味、情報戦が進んだ結果かもしれません。夏のインターハイのときに帝京長岡(新潟)の古沢(徹)監督が、「現代サッカーでゴール前を崩すのは簡単ではない」とおっしゃっていたんですが、確かに今大会を見ていても、それを強く感じましたね。だからこそ、ミドルシュートを含めたミドルゾーンの攻略がより重要度を増しているんです。

 実際、例えば2回戦の明秀日立と近大和歌山の試合で、明秀日立が奪った2ゴールはコーナーキックからとミドルシュート。どこも守備が堅くなっているだけに、ブロックを固められた状況からいかに点を取るかが、勝ち上がるための大きなポイントになっています。

──情報戦を制したチームが、ゲームを制すると?

森田 ただ一方で、“ネタバレ”している分、思い通りの戦い方ができなかったことが功を奏すケースがある気がしています。例えば東福岡は、攻守の要である中盤の大谷(圭史)選手が怪我でずっと試合に出ていなくて、今大会ではより守備を重視したサッカーをしています。準々決勝で対戦した静岡学園(以下、静学)は、想定していた以上に東福岡の守備が堅くて、かなりやりにくさを感じたはずです。

PK戦で決着をつけるしかない切なさ

改めて識者の2人が感じたのは、PK決着という選手権の非情さだ。愛工大名電も2回戦で強豪・前橋育英と好勝負を演じながらPK戦の末に敗れている 【写真は共同】

──なるほど。他に何か印象に残っていることはありますか?

土屋 改めて感じたのは、PK戦の難しさですね。今大会は2回戦と3回戦の計24試合中、PK戦までもつれたのはたった2試合しかなかったんですが、僕はそのいずれも会場で見ていて、なんなら1回戦の12-11という壮絶なPK戦(札幌大谷vs.寒川)にも当たっているんです(笑)。

 どうしても最後にPKを外した子にスポットが当たってしまうんですけど、僕自身も高校3年生のときに全国大会でPKを失敗した経験があるので、その気持ちが痛いほど分かる。例年よりPK戦の数自体は少ないのかもしれませんが、現場で見た回数が多かった分、PK戦で決着をつけるしかない選手権の切なさを余計に実感しましたね。

森田 静学と東福岡の準々決勝もPK決着(0-0からのPK5-4で東福岡の勝利)になりましたが、あの大舞台で練習通りに蹴るのは難しい。サドンデスになると、たぶん公式戦で一度もPK戦を経験したことがない選手も出てくるでしょうし。

土屋 そう言えば、前橋育英にPK戦で敗れた愛工大名電の最後のキッカーとして登場し、止められたのは1年生でした。外したら終わりの凄まじいプレッシャーのなかで蹴りに行く勇気を称えながらも、やっぱり残酷なルールだなって。

──ただそれも、選手権の醍醐味の1つなんですけどね。

森田 あと、僕が嬉しかったのは松山北の躍進です。愛媛県でも上位の進学校なので、3年生が夏でほとんど引退して、残ったのは10番の森(隼人)選手1人だけ。彼は小中と全国大会に出ていて、高校でも出たいからとチームに残り、下級生たちの中で唯一の3年生としてプレーしていたんです。そんなチームが3回戦まで勝ち上がったストーリーにも感動しました。

 これが6回目の選手権出場でしたが、初戦の東海大山形戦で全国大会での初勝利をつかんだときは、OBでもある兵頭(龍哉)監督が「優勝するよりもこの1勝が嬉しい」ってもの凄く喜んでいて。どうしても強豪校に目が行きがちですが、松山北の躍進は、選手権に出る喜び、1勝する喜びがどれだけ大きいかってことを、改めて思い出させてくれましたね。

ずば抜けてレベルが高かった流経vs.大津

対戦相手を見れば、大津や青森山田という優勝候補の早期敗退にも驚きはない。大津は今大会屈指の好ゲームとなった流経大柏との横綱対決に敗れ、3回戦で散った 【写真は共同】

──優勝候補と呼ばれていた大津(3回戦敗退)や青森山田(2回戦敗退)の早期敗退も、今大会の大きなトピックスの1つですよね?

土屋 大津が負けた相手は流経大柏(以下、流経)で、言ってみれば東西の横綱対決でしたから、正直驚きはありませんでした。前回王者の青森山田を倒した高川学園にしても、昨年末の高円宮杯U-18プレミアリーグプレーオフで、夏のクラブユース選手権を制したガンバ大阪ユースをぎりぎりまで追い詰めた(1-2で敗北)好チームですからね。1年を通した戦いを見ていると、優勝候補の早期敗退もそんなに大きなサプライズではなかったと思えるんです。

森田 どこが負けてもおかしくない組み合わせが、早い段階から多かったですしね。3回戦の流経対大津戦なんて、本当に紙一重の戦いで、内容的にもめちゃくちゃ面白かった。

土屋 あれこそまさに、お互いの良さを消し合うような試合でしたよ。たぶん大津の山城(朋大)監督は、流経の全選手について解説できるくらい映像を見て研究していたでしょうね(笑)。おそらく組分けが決まった段階から「ここが山になるだろう」って、両校の監督も選手も想定していたはずですし、レベルはかなり高かったですね。

──ここまでのベストゲームも、その流経対大津戦になりますか?

森田 僕が見たなかではそうですね。ずば抜けてレベルが高かったですから。流経の榎本(雅大)監督が「似た者同士」っておっしゃっていたように、確かにチームカラーはよく似ていましたが、ただぶつかり合い、つぶし合うだけじゃなく、要所でそれぞれの選手の個性も見えて、すごく楽しめました。

土屋 実際に会場で見て一番面白かったのは、さっきも少し話した明秀日立対帝京戦ですね。今年の帝京はパスがよくつながるチームで、いわゆる綺麗なサッカーをやるんですけど、そのパスワークを明秀日立がハイプレスをかけて寸断していく。明秀日立も帝京のハイラインの裏を上手く突いてチャンスを作るんですが、シュートがことごとく入らない。そんなじりじりとした展開のなかで、3回戦なんかで絶対に負けたくないっていう互いの意地がぶつかり合って……。最後はPK戦決着になりましたけど、見応えのある試合でしたね。

1/2ページ

著者プロフィール

1967年、京都府生まれ。法政大学を卒業後、ファッション誌の編集者を経て、『サッカーダイジェスト』編集部へ。その後、94年創刊の『ワールドサッカーダイジェスト』の立ち上げメンバーとなり、2000年から約10年にわたって同誌の編集長を務める。『サッカーダイジェスト』、NBA専門誌『ダンクシュート』の編集長などを歴任し、17年に独立。現在はサッカーを中心にスポーツライター/編集者として活動中だ。

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント