ダバディが語る“クレーコートの王者”ラファエル・ナダル 「『ロジャーを破壊しないといけない』という言葉に衝撃」

構成:スクワッド

2024年11月19日に行われた国別対抗戦デビスカップファイナルズファイナル8が現役最後の試合となった 【Photo by Jean Catuffe/Getty Images】

 クレーコートでの圧倒的な強さから「クレーコートの王者」と称され、全仏オープン(ローラン・ギャロス)では、男子テニス界において他を圧倒する優勝回数を誇るラファエル・ナダル。2024年限りで一線を退いた“BIG4”の一角について、長年WOWOWのテニス番組でキャスターを務めるフローラン・ダバディ氏に、これまでの活躍を振り返ってもらった。(聞き手:秋山 英宏)

絶対に折れない強い心

――ダバディさんにとってラファエル・ナダルとは、どのようなテニスプレーヤーでしたか?

 とにかく手加減しない選手、最後までやり切る選手ですね。スタン・ワウリンカとの2014年全豪決勝で、途中でケガをして、1セット目の終盤でもうダメかなと思ったんです。僕は珍しくWOWOWのブースじゃなくてスタンドで見ていて、その時はほとんど歩けていなくて良くなる気配もありませんでした。それなのにギブアップしないで最後までやり切ったんですよ。負けてしまいましたが、途中でワンセットを取るぐらい、痛みに打ち勝ったのは偉業だったと思います。それが一番鮮やかに覚えているシーンですね。でも、ナダルにはこういうシーンはたくさんありますよね。ちょっとした肉離れや足の親指の骨折でもプレーを続けたと聞いたことがあります。

 ナダルの子どもの時のインタビューを読むと、ジュニア時代から叔父でありコーチのトニ・ナダルがそういうやり方を貫いていたみたいですね。先日、『レキップ』紙のインタビューで本人は育成の手段としてトニさんにやられたことは許してもいないし、忘れてもいないけど、親戚であり家族なのでそれでも愛しているといった主旨の発言をしています。そこはすごく複雑ですよね。だから、ナダルが醸し出すオーラにはその経験が含まれているように感じます。

 僕はナダルに何度も会ったし、食事をしたこともあるけれど、心理的な距離が近くなったとは一回も思ったことはないですね。とにかく、その鎧というか、ナダルの心の周りにある壁が厚すぎて、たぶん、ロジャー・フェデラーも入り込めていないと思います。みんな、表では仲良くしているとか言いますけど、そこには何層もの壁があって、誰も中心には入り込めていないですよ。ただ、それこそがナダルの伝説ですよね。

――ナダルのベストショットと言えば、何でしょうか?

 もうそれはフォアハンドのトップスピンだと思います。彼のヒッティングパートナーを務めた若かりし頃の錦織圭や、いろいろなフランス人選手にも聞いたことがありますけど、「ボールが重たくてどうしようもない」と。私の20年間のテニスキャスター人生の中で、そういう評価を聞いたことがあるのは2人だけです。ピート・サンプラスのセカンドサーブとナダルのフォアハンドのスピン。誰もが「経験してみないと分からない。返せない」と言いますね。2006年に圭が「すごく重い」と言っていたのを覚えています。バックに来たボールは片手ではどうしようもないみたいですね。

 そもそもナダルはパワーテニス、相手を威圧するテニスが特長なんですよ。ボクシングで言えば、マイク・タイソンのような威圧感がある。私たちの想像以上にジムでトレーニングをしていると思います。ロッカールームでナダルがシャツを脱いだときに腹筋云々ではなく、言葉で表現できない体の強さ、浮いている血管にびっくりしました。長い間、筋トレのやり過ぎはダメと言われていて、アンドレ・アガシも1990年代半ばの第一期は筋トレのやり過ぎでダメになってしまいましたし、他のスポーツでもそういう選手は数多くいます。でも、ラッファ(ナダルの愛称)はうまくいったんですよね。たぶん、ナダルは「やっていないよ」と言うだろうけど、昔よりも進化しているだろうから体は強くなっているはずです。すごく効率的にボールにパワーを伝達する技術はいまでもすごいと思いますね。

――一時期、四大大会を観に行くたびにナダルの体が大きくなっていると感じました。

 ありましたね。バックハンドを打つとき、本当に胸の収縮と背筋とか腹筋とか一瞬全部見えるんですけど、MARVELのキャラクターみたい(笑)。漫画みたいに本当にポッポッポッポッといろいろなところから筋肉が浮き上がる。そういう選手はいないですし、これからもいないと思いますね。だから、どれぐらい珍しい存在だったかどうかは、時間が経てば経つほど分かるでしょう。

――もともとはどちらかというと、バックハンドが弱点でしたけど、スピン量がものすごく上がってフォアハンドに匹敵するくらい重いボールになりましたよね。

 そうですよね。あの進化はすごかった。あと、クロスコートの短いアングルの強打とかもすごく増えて、「このショットはどこから来たんだ」と思った時期もありましたね。ただ、最後までサーブは上手くいかなかったのが不思議です。松岡修造さんが言っていましたけど、選手によっては骨格の問題によって肩甲骨をしっかりと寄せられない選手もいて、どうしても手打ちになってしまうと。錦織もリシャール・ガスケもワウリンカも同じで若いころに手打ちでサーブを打っていたから、フリーポイントを全然取っていないんですよね。ナダルも2017年に全米オープンを優勝したときはエースを量産していたけど、肩をダメにしてしまうから打ち方をスピン主導に戻しましたね。あと実は、ボレーもすごく上手でしたね。

フェデラーの心を「Crush」した2008年の全仏決勝

2008年の全仏決勝ではロジャー・フェデラーにストレート勝ち。完膚なきまでたたきのめした 【Photo by Eddy LEMAISTRE/Corbis via Getty Images】

――ナダルのベストマッチと言えばどの試合ですか?

 ローラン・ギャロスでフェデラーを破った2008年の決勝ですかね。あの試合は、ナダルのモチベーションが一番高かった試合だと思います。2時間もかかりませんでした。当時、2000年代後半はフェデラーが議論の余地もないくらい史上最強の選手でした。一方でナダルは、メンタルもフィジカルもあるけれど、テニスがあまりうまくないと言われていました。そうやってメディアに失礼な書き方をされている中でのフェデラーとの対戦で、なおさら“自分の庭”であるローラン・ギャロスのセンターコートでの試合だったので、ナダルのプレー強度がどの試合よりも高かった印象です。コートサイドで見ていて、一球一球にそれを感じたし、雄叫びも顔のゆがみもそう。とにかくフェデラーを倒すのではなく、英語で言う「Crush」。砕くという感じです。やられたほうは精神的に傷が残るような戦い方で、ロジャーもたぶん心の準備はできていなかったと思いますね。

――度々、ナダルは「自分にはフェデラーのような才能はない」と言っていますよね。

 世界で初めてナダルのドキュメンタリー番組を作った局が、WOWOWなんですよね。『太陽の男 ラファエル・ナダル』というドキュメンタリーは、ナダルの自宅まで入って撮影をしています。驚いたのは、ラッファとトニともう1人のコーチが、ロジャーと対戦する試合のミーティングで「ロジャーを破壊しないといけない」と3人で話していた会話を、WOWOWのマイクが拾っていたんですよ。ナダル陣営が途中で撮影に気づいてその話を途中でやめたけれど、たぶん編集チェックもしなかったし最終的にそのまま残っているんです。私はこれを聞いたときに衝撃を受けたし、鳥肌が立ちました。フェデラーとの試合ではそういう作戦が存在すると分かった瞬間だったんです。

 同じ2008年のウィンブルドン決勝でロジャーにフルセットで勝てたのも、その2カ月前にロジャーの記憶に刻み込んでいたからだと思う。だからあのマインドバトルは大成功だよね。もちろんそのウィンブルドン決勝をベストマッチに選ぶのは簡単だし、見る側としてはそうかもしれないけど、先ほど言ったプレーの出来、インテンシティという観点では、その前のローラン・ギャロスの決勝だと思います。

――ナダルは数多くのタイトルを獲得しましたが、一方で達成できなかったと思うことはありますか?

 強いて言えば、フェデラーほど(テニスファンから)愛されなかったことが本人としては悔しいというか、フェデラーほどうまくはないというのも事実であって、本人も思っていると思います。本当はフェデラーほどの才能が欲しかったけど、なかったから異なるプレースタイルの選手になった。公式戦で、来ているファンを楽しませるとか、自分がちょっと楽しもうといった姿は一回も見たことがないですね。それは自分がやることではないとか、子どものときにやってはいけないことと言われ続け、刷り込まれてしまっていた。本当は自分の想像力のままのプレーをやりたかったでしょうけど、そういうことをすると家族に怒られてしまう。要するに、ナダル家では遊び心を見せたら弱点と思われると思っているんでしょうね。

――それでも自分の姿勢を貫いたということですね。

 すさまじいですよね。結局、どうやってモチベーションを維持していたという話はあまりしてくれないので、何がテニスに対する情熱の源流だったかは分からないんです。ただ、コートに立ったら自分を追い込むこと自体に、ある種の快楽を覚えていたのかなという気がしないでもないです。ボクサーというよりも長距離選手のような、苦しみを楽しむ部分もあったのかなと。自分のストイックさを楽しんでいたのかなとは思います。

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