GPファイナルでマリニンが挑んだ超高難度の「テストプログラム」 鍵山、佐藤が示した好敵手としての存在感

沢田聡子

連覇したマリニン(中央)、過去最高となる2位に入った鍵山(左)、初めてメダルを獲得した佐藤(右) 【写真:ロイター/アフロ】

マリニン・シャイドロフが起こしたサプライズ

“4回転の神”イリア・マリニンが、グランプリ(以下GP)ファイナル(日本時間6~8日、フランス・グルノーブル)のフリーで、アクセルを含む6種類すべての4回転ジャンプ7本に挑んだ。予定構成表より大幅に難度を上げ、メディアも驚かせる演技だった。マリニンならいつかはやってくるだろうと思われていた超高難度構成が、遂に実現したのだ。

 ただ、さすがのマリニンにもこの構成はハードだったのかもしれない。4回転ルッツを2本入れていること自体驚異的ではあるのだが、1本目の4回転ルッツでは転倒。また今大会の採点は全体的に厳しい印象があり、マリニンのフリーでもすべての4回転に回転不足がついた。

 連覇を果たして臨んだメダリスト会見で、厳しい傾向にあったテクニカルパネル(技術役員)について問われたマリニンは、淡々と「結果が出た直後は、テクニカルパネルのことはあまり考えませんでした」と述べた。

「このテクニカル・レイアウトをやろうとしたこと、そしてプログラムをやり遂げようと自分自身に挑戦したことに、ただ本当に誇りを感じていました。そしてもちろん、今のところは、これは単なるテストのようなもの。つまり何を改善してもっと多くのことをもたらすことができるかを見るための、テストプログラムにすぎません」

「(GPファイナルでの)主な目標は、この新しい要素のレイアウトを試してみて、今後の大会に向けてどのように管理できるかを確認することでした。それが世界選手権で役立つものになるか、それとも(4回転の)数を減らしていい滑りができるようにした方がいいのか、もう一度見直してみる必要があると思います」

 マリニンにとって、この演技は先を見据えて打った布石にすぎないということになる。

 また、今大会のもう一つのサプライズは、ミハイル・シャイドロフ(カザフスタン)のフリーだった。既に今季のシャイドロフは、グランプリシリーズ第3戦フランス杯のフリーで、初めてトリプルアクセル+4回転トウループを成功させて話題の人となっていた。そして今大会のフリーではトリプルアクセル+オイラー+4回転サルコウに挑み、出来栄え点ではマイナスがついたものの、初めて着氷させたのだ。

 4回転を計4本組み込んだシャイドロフのフリーだったが、やはり回転不足の判定が目立つ結果となり、ショート3位から総合では5位に順位を落とした。まだ粗削りな部分もあるシャイドロフは演技構成点での評価が課題だが、ファイナルの舞台でポテンシャルの高さを強烈に印象づけたといえる。

フリー1位の鍵山、技術点でマリニンを上回った佐藤

完成度の高いプログラムを披露した鍵山 【写真:ロイター/アフロ】

 ジャンプについて新たな潮流が感じられた今大会で、新時代をけん引するマリニンの好敵手となり得る力を示したのが、鍵山優真と佐藤駿だった。

 佐藤はショートでは転倒した4回転ルッツをフリーでは成功させた。4回転フリップで転倒したものの、その後は演技をまとめたフリーでは、技術点でマリニンを上回っている。ショート4位から総合では3位に順位を上げ、銅メダルを獲得した。

「まずここに来るときにメダルをとるということを目標としていたので、そのメダルをとることができて、率直に嬉しく思っています」

 また銀メダルを獲得した鍵山は、フリーで今季課題となっていた4回転フリップを成功させた。一方で、得意なはずの4回転サルコウではショートで転倒、フリーでは2回転になり、ミスが続いたのが惜しまれる。ただ強みであるプログラム全体の完成度は今大会でも群を抜いており、フリーのみの順位は1位だった。カロリーナ・コストナーコーチが丁寧に教えてくれるというスケーティングや表現力にはますます磨きがかかっており、マリニンとは異なるアプローチでフィギュアスケートを極めつつある。

「今回の点数や結果は、自分自身が納得できるようなものだったと思います。ショートもフリーもミスがあったので、すごく悔しいですけれども、でもメダルをとれたことは素直に嬉しいですし、でも、うーん…まあ、優勝も狙っていた部分もあるので、そこは悔しいです」

「『イリア選手との距離感を測りたい』って言いましたけれども、やっぱり、まだまだ程遠いなと僕自身も感じていますし。次は世界選手権で、もし出られたら会えると思うので。それまでにしっかりと、常日頃の練習から、イリア選手を意識しながらハードなトレーニングを積んでいきたいです」

 また、シャイドロフの演技についての質問を受けた鍵山は「あんな難しいコンビネーションを試合でやって成功させるということが、まずすごいこと」と讃えた。

「やっぱり、今の時代はそういう難しいコンビネーションや、いろいろなたくさんの種類の4回転が(必要な)、そういう時代になってきているのかなと思うので。まだまだ僕自身も、世界トップになっていくためには4回転ももっと種類が必要ですし。やっぱりいろいろな個性を持った選手がすごくたくさんいて、いろいろな刺激をもらえるので。僕自身もいろいろな選手のジャンプを見て『やってみたいな』と挑戦したい気持ちが生まれるので、練習でやってみたいです」

 12月下旬には、全日本選手権(大阪)が開催される。鍵山と佐藤には、「ファイナルのメダリストとして臨む全日本選手権をどんな試合にしたいか」という質問があった。

「全日本選手権まであまり期間はないですけれども、今回またいろいろな新しい課題が出て。ジャンプの安定感はもちろんですし、今回はジャンプ以外のステップやスピンでのレベルが全然とれなかったという部分もあったので。そこをしっかりと練習しながら、トレーニングを積んでいきたいと思います。練習から120%の出来でやっていけるように、とにかく頑張って練習したいです」(鍵山)

「もう時間もないので、帰ってからすぐに、今大会で駄目だった部分、特にショートプログラムの部分をたくさん練習して。そして去年、みんなで本当にすごい全日本選手権をすることができたので、今シーズンもみんなでいい演技をして、すごい全日本をできるように、頑張っていきたいなと思っています」(佐藤)

 佐藤が言うように、昨季の全日本選手権・男子フリーは“神試合”と呼びたくなるほどハイレベルな展開だった。ファイナルの表彰台に立った鍵山と佐藤を筆頭に逸材がひしめく日本男子は、全日本選手権でどんな演技をみせてくれるのだろうか。
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著者プロフィール

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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