GPファイナル初優勝のグレン、日本女子も敬意 苦難を超えた25歳「決してあきらめないで」
トリプルアクセルを決めたアンバー・グレン(中央)がファイナルを制した 【写真:ロイター/アフロ】
GP開幕前から日本勢がグレンに注目
今季のGPシリーズ・女子シングルは、2戦(第2戦・スケートカナダ、第4戦・NHK杯)で表彰台を独占するなど、日本勢の健闘が光った。ファイナルにも坂本花織、樋口新葉、吉田陽菜、千葉百音、松生理乃が進出、史上最多の5人が参戦した。
その日本女子がGPシリーズ開幕前から注目していた存在が、グレンだった。9月末に行われた記者会見で、吉田と渡辺倫果が「意識する選手」としてロンバルディア杯(9月・イタリア)のショート・フリーでトリプルアクセルを決めて優勝したグレンについて言及していたのだ。トリプルアクセルに挑む吉田と渡辺は、グレンに刺激を受けていた。
全体的に回転不足の判定が多かった印象の今大会においても、グレンがショート・フリーで1本ずつ跳んだトリプルアクセルは、成功と認められた。表現面でも、ジャネット・ジャクソン『This time』を使うショートではクールな滑りで魅了し、フリーでは静かな旋律の中で深みのある滑りをみせている。
グレンは、14歳の時に全米ジュニア選手権で優勝、そのシーズンの世界ジュニア選手権で7位に入っている。しかしシニアに上がってからは、層の厚いアメリカ女子の中で代表に入れない時期もあった。だが、20歳になってから取り組み始めたというトリプルアクセルが、グレンの新たな武器となる。昨季のスケートアメリカ・フリーで初めて成功させると、全米選手権・フリーでも決めて初優勝を果たした。
グレンは、今季は出場した4試合すべてのショート・フリーでトリプルアクセルに挑んでおり、高い確率で成功させてきた。今大会のメダリスト会見で、「トリプルアクセルは簡単なジャンプなのか」と問われたグレンは、次のように答えている。
「私にとっては今のところ簡単なジャンプの1つだといえますが、そこに到達するまでには、非常に長い時間がかかりました」
またグレンは、性的マイノリティーであること、重度の不安障害・ADHDを患っていることを公表している。演技では華やかで力強い印象を残す一方、困難を抱えながら戦う繊細さもあるグレンは、その生き方により周囲に好影響を与えているスケーターだ。
グレンのメッセージ「あなたを信じています」
今大会で銀メダルを獲得した千葉(写真右)も、GPシリーズ第6戦・中国杯とファイナルで顔を合わせたグレンの強さを感じていた 【写真:ロイター/アフロ】
千葉は、ファイナル進出者が決まる中国杯では、緊迫した雰囲気の中で完璧な演技をしたグレンに感銘を受けたとも語った。
今大会の千葉は、ショート・フリー共に2位と手堅い試合運びをみせた。伸びやかなスケーティングが魅力の千葉だが、試合になると表情からみてとれるほど緊張していることが多かった。しかし今季は「緊張してもそれを感じさせないふるまいや表情を意識」してきたという。メンタル面での工夫もしているというベテランのグレンから、学ぶことも多かったのではないだろうか。
また、今大会に前回女王として臨んだ坂本は、ショート4位と出遅れたもののフリーで追い上げて総合3位に入り、グレン・千葉と並んで表彰台に立った。
坂本は、GP第4戦・NHK杯のショートで今季最高得点をマークした際、それ以前まで今季最高得点だったグレンの得点を意識していたことを明らかにしている。24歳の坂本と、一つ年上のグレンは同世代でもある。10代の選手が多い中、坂本とグレンがみせる成熟した滑りは貴重だ。いつも大きなバッグに必要なものを入れて持ち歩き、若いスケーターに要るものがないか確認しているため「お母さん」と呼ばれているというグレンは、面倒見のいいキャラクターで後輩に慕われている坂本と、性格面でも似通っている。
困難を乗り越え、遂に世界の頂点に立ったグレンが、皆に送るメッセージがある。
「決してあきらめないで。何が起こるかわからない。最低の状態に陥ることもあるけれど、あなたはこれまで暗い日々を一つひとつ乗り越えてきたし、これからも乗り越えられる。あなたを信じています」
高得点が出るとキスアンドクライで大きなアクションを見せて喜ぶのがグレンのスタイルだが、今大会では特に爆発的な喜び方をみせた。そのグレンに対し、暫定上位3名が座るグリーンルームにいた千葉・坂本・樋口の3人が、グレンがフリーのラストでとるポーズをまねて敬意を表する一幕があった。
メダリスト会見で、千葉と坂本は司会者から「全日本選手権にグレンが出場したらどうでしょうか」というユニークな質問を受けた。
「もし全日本で一緒に戦えたら、すごく楽しいだろうなと思います」(千葉)
「アンバーが参加したら、勝負するという上では、なかなか刺激の強い試合になるんじゃないかな」(坂本)
25歳にしてキャリアハイのシーズンを迎えているグレンに触発された日本女子は、今月下旬の全日本選手権で再び熱い火花を散らす。
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