崖っぷちリーガー 徳島インディゴソックス、はぐれ者たちの再起

「甲子園の申し子」が徳島を経てドラフト指名されるまで オフには調理場でうどん作りも

高田博史

【写真は共同】

 徳島インディゴソックスはなぜ独立リーグの虎の穴へと躍進を遂げたのか?とび職、不動産営業マン、クビになった社会人、挫折した甲子園スター…諦めの悪い男たちの「下剋上」とは? 崖っぷちリーガー 徳島インディゴソックス、はぐれ者たちの再起(著:高田博史、編集:菊地高弘)から現在は西武でプレーする岸潤一郎に関する記事を一部抜粋して公開します。

ドラフト直後の「岸のドヤ顔」事件

 2019年、ドラフト。西武から7巡目で徳島の右腕、上間永遠(柳ヶ浦高)が指名され、続いて8巡目で岸潤一郎(拓殖大中退)が指名を受けた。

 画面いっぱいに映し出された自分の名前を見て、立ち上がってガッツポーズを見せることも、涙を流すこともない。一瞬少しだけ目を見開いたが、スンッとした表情のままだった。むしろ隣に座っている平間隼人(鳴門渦潮高)のほうが、岸が指名を受けたことに興奮を隠せないでいる。

 SNSには「岸のドヤ顔」と書かれた。

「ドヤ顔じゃないんですよ。この1年やってきて良かった。死に物狂いでやってきて良かったな、みたいな気持ちのほうが先に来たんで。もちろん気を抜いてたのもありますけど。ドヤ顔できるような独立リーガーなんていないですからね。マジで僕、(指名されることは)ないと思ってて。普通にこう座って待ってたんで」

 本当に野球だけにつぎ込んだな……。そう思えるぐらい、今年1年間やってきたことには納得している。だから指名を受け、「よっしゃ! 西武や!」と歓喜する気持ちよりも、どこかホッとしたような、じんわりとした静かな喜びが胸に広がってきたのだ。

 1つため息をついて言った。

「……なんか、心のなかがサーッと洗浄された感じ。やってきたものが報われたなっていう気持ちなんで……」

 育成ドラフト会議が始まる前の休憩中、緊張気味の平間と岸、筆者と3人で、ノートに書いたここまでの指名結果を見直している。

「ほら見て。巨人、内野手ほとんど獲ってない」
「そうなんですよ!」

 その事実に岸は気づいていた。チャンスはある。だから隼人、心配すんな。もうすぐだ。もうすぐ名前が呼ばれるから―。

 岸が本当にうれしそうな表情を見せたのは、平間が育成ドラフト1巡目で巨人から指名されたときだった。さっきのスンッとした顔ではなく、くしゃくしゃにした表情で平間とともに喜び合う岸がそこにいた。

 あの日から5年が経った―。

 NPBの世界は厳しい。上間は2021年にトミー・ジョン手術を受け、現在は育成選手として契約している。平間は支配下登録されることのないまま、3年で巨人を自由契約になった。

 現在は北九州下関フェニックス(九州アジアリーグ)で選手兼任コーチとして現役を続けている。2019年に四国リーグからNPBへ進んだ選手4人のうち、いまも1軍でプレーしているのは、岸ただ1人である。

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