「甲子園の申し子」が徳島を経てドラフト指名されるまで オフには調理場でうどん作りも
【写真は共同】
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ドラフト直後の「岸のドヤ顔」事件
画面いっぱいに映し出された自分の名前を見て、立ち上がってガッツポーズを見せることも、涙を流すこともない。一瞬少しだけ目を見開いたが、スンッとした表情のままだった。むしろ隣に座っている平間隼人(鳴門渦潮高)のほうが、岸が指名を受けたことに興奮を隠せないでいる。
SNSには「岸のドヤ顔」と書かれた。
「ドヤ顔じゃないんですよ。この1年やってきて良かった。死に物狂いでやってきて良かったな、みたいな気持ちのほうが先に来たんで。もちろん気を抜いてたのもありますけど。ドヤ顔できるような独立リーガーなんていないですからね。マジで僕、(指名されることは)ないと思ってて。普通にこう座って待ってたんで」
本当に野球だけにつぎ込んだな……。そう思えるぐらい、今年1年間やってきたことには納得している。だから指名を受け、「よっしゃ! 西武や!」と歓喜する気持ちよりも、どこかホッとしたような、じんわりとした静かな喜びが胸に広がってきたのだ。
1つため息をついて言った。
「……なんか、心のなかがサーッと洗浄された感じ。やってきたものが報われたなっていう気持ちなんで……」
育成ドラフト会議が始まる前の休憩中、緊張気味の平間と岸、筆者と3人で、ノートに書いたここまでの指名結果を見直している。
「ほら見て。巨人、内野手ほとんど獲ってない」
「そうなんですよ!」
その事実に岸は気づいていた。チャンスはある。だから隼人、心配すんな。もうすぐだ。もうすぐ名前が呼ばれるから―。
岸が本当にうれしそうな表情を見せたのは、平間が育成ドラフト1巡目で巨人から指名されたときだった。さっきのスンッとした顔ではなく、くしゃくしゃにした表情で平間とともに喜び合う岸がそこにいた。
あの日から5年が経った―。
NPBの世界は厳しい。上間は2021年にトミー・ジョン手術を受け、現在は育成選手として契約している。平間は支配下登録されることのないまま、3年で巨人を自由契約になった。
現在は北九州下関フェニックス(九州アジアリーグ)で選手兼任コーチとして現役を続けている。2019年に四国リーグからNPBへ進んだ選手4人のうち、いまも1軍でプレーしているのは、岸ただ1人である。