崖っぷちリーガー 徳島インディゴソックス、はぐれ者たちの再起

「甲子園の申し子」が徳島を経てドラフト指名されるまで オフには調理場でうどん作りも

高田博史

うどんを打つ「甲子園の申し子」

 かつては明徳義塾の主将であり、エースで四番打者として甲子園で大活躍した岸が、グラウンドに戻って来た。「甲子園の申し子」とまで呼ばれ、高校日本代表に選ばれた選手が徳島に入団すること自体、これまでにはなかった出来事である。

 野球が嫌いになった。もういい。一生、ボールなんて握らなくていい。いつか草野球で使おうと、木製バット1本だけ手元に残して、道具は全部友だちにあげた。

「もう一切やりたくないぐらい野球が嫌いだったんですけど。嫌いになってたんですけどね。でも、だいぶ……普通に楽しいですね。意外とすんなり入ったかもしれない。意識高い人多いし。そういう人、苦手やったんですけど」

 甲子園を賑わせた選手が大学に進学するとなると、いろいろ難しいこともあったのだろう。岸も思ったほどの結果は残せず、そのうえ大学2年の夏に右肘のトミー・ジョン手術を行ったことで野球ができない時間も長くなった。大学3年の秋に野球部を辞め、大学も中退している。

 完全に野球との縁が切れていた岸に、徳島入団へとつながる猛アタックを試みたのは、2015年から徳島の球団代表となった南啓介(株式会社パブリック・ベースボールクラブ徳島)だった。徐々に野球への情熱を取り戻し始めるなか、徳島への入団を決意する。

 プロ野球選手として生きる道を諦めようとしていた自分に、徳島がチャンスをくれた。2018年は野球をする楽しさを、再び思い出し始めた時期でもある。

 それからの2年間は、激動の2年間だったと言っていいだろう。再び野球を続けることにはなったが、当時は大学を中退した選手には、2シーズンを経過しないとドラフト指名対象にならないというルールがあった(現在は撤廃)。指名対象となるには、翌2019年のドラフトを待たなくてはならなかった。

 この2018年シーズンが始まる前の12月、徳島の運営会社、株式会社パブリック・ベースボールクラブ徳島は、ゆめタウン徳島の2階フードコート内に「宮武讃岐うどんゆめタウン徳島店」をオープンさせている。選手への給与は3月から発生するため、それまでの間は無給となってしまう。選手たちを救済するための新事業でもあった。

 宮武讃岐うどんの社員と一緒に選手らが実際に厨房に入り、うどん作りから接客まですべて行う。元子マネジャーも仕事の合間を見て、手伝いに行くことがよくあった。

「みんな、普通にアルバイトしてましたよ。他のバイトさんとか社員さんとかと同じように、麺を打って茹でて、提供するみたいな。うどんの玉みたいなのが送られてくるんですよ。それを麺打ち器でピーッって伸ばしたやつをさらに打ちます。伸ばしたり、茹でたりもするし。あとレジを打ったり、洗い物したり、天ぷらあげたり」

 シーズンが始まる前の1、2月は、岸も白い調理衣を着て麺を打ったり茹でたりしていた。『甲子園の申し子』とまで呼ばれた選手だ。

「やっぱりちょっとすかして、お高く留まってるのかな?」

 そんなふうに想像して、最初は距離を空けて接していた元子マネジャーだったが、実際の岸にはまったくそういった部分がない。アルバイトする岸の姿を取材に来たマスコミも少なくない。どうやら本人よりも、周りが特別視する空気感を出しているらしかった。

 オフシーズンは地域貢献活動のイベントも多い。イベントの主催者から元子マネジャーの元に「ぜひ、岸くんを連れてきて!」というリクエストがひっきりなしにある。

「地域の野球教室にも引っ張りだこで。連れていったら子ども目線でちゃんと対応できるし。野球だけじゃなくて、こういうこともちゃんとできるんや! っていう。甲子園の申し子は自分のネームバリューとかいろんなものを自覚してて、自分が積極的に動くことがチームのため、独立リーグのためになると思ってくれてたんやと思いますよ」

 独立リーグが存続するために、地域貢献活動は不可欠だ。選手によっては野球以外の活動を嫌がったり、不慣れなイベントに文句を言う者もいる。

 だが、岸はそういうところで参加を積極的に買って出てくれていた。もちろん生活の足しにしていた部分もあったのだろうが、球団のためにと思って一肌脱いでくれているのだろう。

 元子マネジャーは「ありがたいな」と思っていた。

書籍紹介

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